増幅回路 代表的な構成方式

増幅回路

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/26 03:47 UTC 版)

代表的な構成方式

シングル

1個の増幅素子で信号を増幅する回路で、もっとも基本的な増幅回路である。プッシュプルに対して使われるレトロニムである。正負対称の増幅を行うためにはA級増幅回路とする必要がある。

プッシュプル

en:Push–pull output)2個の増幅素子を正負対称に接続して、それぞれ一方の極性の信号のみを増幅する方式がプッシュプルである。基本的にはバイアスはB級とするがA級動作させる場合もあり詳細はアンプ (音響機器)#級を参照。

回路図上で各極のトランジスタが縦に重ねて記されるところからトーテムポールとも呼ばれる。デジタル回路CMOSも一種のプッシュプルである。

ここで示す回路図は、原理の説明のための簡略化したものである。熱暴走対策などがなされていないものもあるので、実際の回路を組む場合は注意を要する。

DEPP

DEPP

Double-Ended Push-Pull - 出力端が2個であることから後述SEPP方式に対してこの名ができた(レトロニム)。それまでは単に「プッシュプル:PP」と呼んだ。
図に示したような出力を相互に逆極性としてトランスで出力を得る基本的な構成で、通常B級動作を基本とする。
入力側は相互に逆極性に励振する。逆極性励振を行うためには図示の入力トランス方式のほか、位相反転増幅器方式がある。
入力トランスの2次側の中点タップからバイアス電流を供給し(シリコントランジスタなら約0.6V前後の電圧となる。構造やロットにより微妙に異なる)トランスの両端から正相側と逆相側を取り出す。
トランジスタはエミッタを共通にしたエミッタ接地になっており、それぞれのコレクタが出力になっている。
入力信号が正側の場合と負側の場合で、それぞれ片側のトランジスタと回路が働き、出力トランスの1次側の中点タップから、トランスのどちらかの側に向けて電流が流れる。

SEPP

Single-Ended Push-Pull - 出力端が1個であることからこの名がある。  SEPPの起源は、オーディオ・アンプの特性悪化要因であるトランスを排してスピーカーを駆動するOTL(Output Transformer Less)アンプであり、TV水平偏向出力管などスイッチング真空管を複数並列接続して最適負荷インピーダンスを下げると共に、インピーダンスが100Ω~300Ωと高いスピーカーを負荷に繋いで使ったものであるが、スピーカー可動部の質量が大きくなることから、主に低音専用スピーカー(ウーファー)となった。 そのOTLアンプの派生として、非コンプリメンタリー回路図の上下段をA級動作として下段の出力に抵抗を挿入、この抵抗の電圧降下で上段のバイアスと励振を行うSRPP(en:Shunt regulated push-pull amplifier)が作られた。
 OTLアンプ回路はそれまでのトランスを使ったプッシュプル回路(前出DEPP)とは大きく違うことから、負荷接続の特徴を取ってSEPPと呼ぶようになった。 それらはトランジスターが普及する以前の1950年代のことであり、当時の日本では他に追随を許さない先端電子技術書であった「ラジオ技術」誌上で様々な試行結果が報告されていた。

コンプリメンタリ
SEPP (コンプリメンタリ)

信号の正側では、ベースから電流を吸い込むNPNトランジスタで出力から電流を吐き出す向きに駆動し、信号の負側では、ベースから電流を吐き出すPNPトランジスタで出力から電流を吸い込む向きに駆動する。エミッタが共通になっており、どちらのトランジスタもエミッタ・フォロワになっている。トランジスタにより可能になった回路で、入出力のトランスやコンデンサをなくすことも可能になった。

ただし、完全に対称な特性を持つコンプリメンタリー素子は原理的に存在しないため、出力波形には非対称性歪が含まれる。

コンプリメンタリー素子を用いないSEPPアンプとしては、金田明彦による「完全対称アンプ」が自作派の間で有名である。これは、クロス・シャント・プッシュプルのフローティング電源を接地してSEPPに変形した回路であるが、上側トランジスタと下側トランジスタの動作点が異なるため、動作の非対称性は払拭されない。


SEPPで大出力を必要とする場合は、コンプリメンタリーのトランシスターそれぞれをダーリントン接続のドライバーとする「ダーリントン・コンプリメンタリー接続」とする。現在はこの方式が主流である。

非コンプリメンタリ
SEPP (非コンプリメンタリ)

同じ極性の素子でSEPPを構成しようとするとこのようになる。

 大電力トランシスターが開発されると、真空管に比べて低圧大電流なのでSEPP方式でインピーダンスが数Ωの一般のダイナミックスピーカーを直接駆動可能なので、高音質を追求するオーディオ・アンプの標準方式となって、一時は右図のような入力トランス駆動の製品も一部見られたが、主流は先出コンプリメンタリーのトランシスター対にそれぞれ大出力トランシスターをダーリントン接続することで等価的に大出力コンプリメンタリー接続とするのが圧倒的な主流となった。大出力トランシスターからみれば非コンプリメンタリーで、その駆動部がコンプリメンタリーとなっている。  そのためSRPP方式は真空管アンプに限られた。 車載拡声器では逆に一般車両の12V電源でトランシスターのSEPPでは最適負荷インピーダンスが低すぎることと、様々な負荷に対応させる要求から出力トランス方式としてインピーダンス整合に対応している。

その他

クロス・シャント プッシュプルの一例。初出の文献より

その他のプッシュプルの方式に、クロス・シャント プッシュプル[7](似た回路が、ほぼ同時期に日本国外でも複数、おそらく独立して考案されており、トランスレスの「Circlotron」(w:Circlotron、商標)などがある)、McIntoshのUnity Coupled circuit、半導体アンプではヤマハのフローティング&バランスなどがある。

差動増幅回路

差動増幅回路。

2個の増幅素子を左右対称に接続して2個の入力端子を設け、その差の電圧に応じた出力を得る回路が差動増幅回路である。出力段はプッシュプル回路にすることが多い。次章で述べる負帰還を自由に設定できるなど、回路の自由度が高いので、オペアンプがこの方式を採っている。

効率改善のための回路構成

増幅回路の諸元の1つに、電力付加効率(PAE)あるいはドレイン効率であらわされる効率がある。この特性は、増幅回路の級や構成により理論的な最大値が存在し[8]、増幅回路の消費電力の大小に影響する。これまで、効率改善の様々な回路構成が提案されてきており、それらの回路構成として以下のものがある。

ポーラ変調増幅回路

ポーラ変調増幅回路は、被増幅信号を振幅成分と位相成分に分け増幅を行う増幅回路である[9][10]。一般的な増幅回路では、出力される信号の電力がその増幅回路で取り扱える最大出力電力(もしくは飽和電力)に近づくほど増幅器の効率は高くなる。ポーラ変調増幅回路では、増幅回路の電源電圧を被増幅信号の振幅に応じて変動させることにより、増幅回路を飽和動作させ、高効率を実現する[11]

ポーラ変調増幅回路は、増幅回路への入力信号により、大きく2つに分類される。増幅回路への入力の位相成分信号に振幅成分が含まれない場合をEER(Envelope Elimination and Restoration)と呼び[11]、位相成分に振幅成分を含む場合をET(Envelope Tracking)と呼ぶ[11]

ドハティ増幅回路

ドハティ増幅回路は、1936年にW.H.ドハティにより考案された増幅回路で、A級増幅回路とC級増幅回路を組み合わせることで高効率を実現した増幅回路である[12]。ドハティ増幅回路では出力パワーに応じてC級増幅回路の出力インピーダンスが変化し、その結果A級アンプの負荷線の傾きを変化させ、高効率増幅を行う[13][11][8]

ドハティ増幅回路ではA級アンプとC級アンプを1つずつ利用するが、効率の改善のため、複数のC級アンプを利用する構成[14]やA級アンプとC級アンプの入力電力を不均一にすることなどが提案されている[8]

LINC

LINCは1974年にCoxにより提案された増幅回路で、入力信号を複数の同一振幅に分解し、複数の飽和動作をする増幅回路の出力信号を合成することで任意の振幅、位相の波形を出力する増幅回路である[11][13]。それぞれの増幅回路は飽和動作を行うため、増幅回路自体は高い効率で動作するものの、PAPRが大きい信号の場合、増幅回路の出力信号と合成信号の電力に大きな差が生じ、その差分は合成回路で熱として消費され[11]る。そのため、合成回路の設計が難しい問題が存在する。


注釈

  1. ^ 真空管でもトランジスタでもこの点は基本的に同様である。
  2. ^ 大出力が必要な場合、最終段が真空管やパワーMOSFETなど入力に電流を多く必要としない素子であれば基本的に電圧の増幅が中心で良いが、バイポーラの大電力パワートランジスタは一般に電流増幅率は低めであり、ある程度の電流も必要になる。

出典

  1. ^ 『電子回路学』、p66、電気学会、2000年
  2. ^ 『電子回路学』、pp105-106、電気学会、2000年
  3. ^ 『はじめてトランジスター回路を設計する本』(奥澤清吉 & 奥澤熙 2002)
  4. ^ 『電子回路』、p122、森北出版、1994年
  5. ^ 『電子回路』、pp123-125、森北出版、1994年
  6. ^ 『電子回路』、p125、森北出版、1994年
  7. ^ ラジオ技術』第6巻第12号(1952年11月号、通巻65号)pp. 68-75(目次には pp. 49- とあるが、目次が正しくない)「クロス・シャントPP回路を使った6A3BPPと6AR6PPの試作」島田聰(聡)
  8. ^ a b c Y.Takayama, "Fundamentals of Microwave High-Efficiency Amplifiers", MWE 2007 TL03-01, Nov 2007.” (PDF). 2013年2月11日閲覧。
  9. ^ ポーラ変調とは - 電子部品 - Tech-On!”. 2013年2月11日閲覧。
  10. ^ ポーラ変調によるパワー・アンプの効率の向上” (PDF). 2013年2月11日閲覧。
  11. ^ a b c d e f M.Nakayama and T.Takagi, "Techniques for Low Distortion and High Efficiency Power Amplifier", MWE 2004 TL03-02, Nov 2004.” (PDF). 2013年2月11日閲覧。
  12. ^ W.H.Doherty, "A new high efficiency power amplifier for modulated waves2, Proc IRE, vol 24, no.9, pp. 1163-1182, Sept. 1936.
  13. ^ a b K.Honjo, "Fundamentals of Microwave Amplifiers", MWE 2008 TL04-01, Nov 2008.” (PDF). 2013年2月11日閲覧。
  14. ^ NXP、より電力効率に優れたRFベースステーションを実現する新しい3-way Dohertyリファレンスデザインを発表”. 2013年2月11日閲覧。






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