cath palugとは? わかりやすく解説

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キャスパリーグ

(cath palug から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/17 05:04 UTC 版)

カパリュス(とされる猫似動物)とアーサー王の対決( § 美術参照)
オトラント大聖堂英語版の床モザイク、1165年頃

キャスパリーグウェールズ語: Cath Palugウェールズ南部発音:キャス・パリーグ。北部発音:キャス・パリューグ。)は、ウェールズの伝承文学(アーサー王伝説)に登場する怪

フランス文学では、シャパリュ[注 1]/カパリュ[ス](古フランス語: Chapalu, Capalu)等と称する[注 2]、聖地アヴァロンでアーサー王をてこずらせる怪物で、怪猫というよりもリュタンフランス語版(妖精の一種)が変化したものとされるが、武勲詩ロキフェールの戦いフランス語版』)では、元異教徒レヌアール[注 3]ギヨーム・ドランジュ[注 4]の義弟)が妖精郷に連れてこられ、アーサー王にいわれるまま戦うと、レヌアールの血を少し舐めたシャパリュは人間並みの姿に戻り、服従した( § ロキフェールの戦い)。この筋書きを流用したとおもわれる『オジエ物語』の詩文体や散文体版でもやはり、オジエがシャパリュと面向かったとたん、従者となる( § オジエ・ル・ダノワ)。

また、アーサー王が戦う怪物猫の代表作である流布本系・散文体『メルラン物語』の通称「ローザンヌの湖の猫」もキャスパリーグ伝説であると解釈される。

ウェールズの伝承

三題詩

ウェールズの三題詩によれば、もとはヘンウェン「老白」という名の雌豚から生まれた子猫。

この豚の出産はブリテン島に凶事をもたらすと予言されたため、コーンウォルの豚飼いが、ウェールズ北端まで追跡し、豚が出産した子猫をメナイ海峡に投棄した。[2][3]。海峡を隔てたアングルシー島[注 5]のパリーグの息子らが子猫を拾い育て、成長した猫は災禍となった(「ブリテン島の三人の強大な豚飼いたち」[4][5][注 6]

門番は何者か

ウェールズの古い断片詩『門番は何者か英語版』によれば、ウェールズ語でモーンと呼ばれる地(アングルシー島)に、カイ(=ケイ卿)が獅子(?)退治に出かけ、キャスパリーグと戦っている。180人の戦士が怪物の犠牲になったという[6][7]

磨きぬかれた盾

古詩「門番は何者か」では、カイ(ケイ卿)の盾についての一文があるが[注 7]、従来難解とされて様々な解釈がされてきた。しかしこれを「その盾は磨き抜かれていた」とするのが[注 8]、ランベス本(以下#ランベス本に詳述)のガラスの盾の逸話に照らした近年の解釈である[8][注 9]。ちなみに、エドムンド・スペンサーの『妖精の女王』でも、アーサーは光輝く《不壊の盾》を持っている。

ケイからアーサーへの推移

後年でも、スコットランドの史家ジョン・オヴ・フォーダン英語版(1384年没)が、ケイ卿が倒した「猫の爪痕」が残されたというダンバー城近辺の大岩について、老婆よりの伝聞として記載する[9][注 10]

のちにいくつかの作品で、ケイ卿でなくアーサー王が怪物猫が戦った設定がみられるようになり、アーサー王が勝利する場合も( § ランベス本)、敗北死する場合もみられる( § アーサー死亡説参照)[10]アーサー王物語群では、スイス・アルプスのローザンヌの湖に出現した大猫退治( § 流布本系参照)、またはコーンウォルの狩場園での野生の猫退治の話となっている。

また、シャルルマーニュ伝説群(フランスもの)に属する武勲詩ロキフェールの戦いフランス語版』)では、シャルル王の息子ルイ敬虔王の後見役ギヨーム・ドランジュの妻(もと異教徒)の兄弟レヌアールが主人公であるが、妖精郷に連れ去られとされ、アーサー王にが長年戦って苦労したシャパリュと戦わせられる( § ロキフェールの戦い)。

これもまたシャルルマーニュ伝説群になるが、中世後期のロマンス作品である『オジエ物語』(詩文体、および散文体での翻案)によれば、アーサー王が住まう妖精郷アヴァロンオジエ・ル・ダノワが戦いを余儀なくされたシャパリュは、怪猫ではなくリュタンフランス語版(妖精の一種)の王である。またフランス語史書によればオジエは単にシャパリュという野生の猫を駆除したと説明する( § オジエ・ル・ダノワ参照)。

各地アーサー王伝説

ローザンヌの湖の怪猫[注 11]対アルテュール王
花文字ギヨーム・ル・ロワ (2世)フランス語版の画、ピエール・サラフランス語版著『Les hardiesses de plusieurs roys』。 フランス国立図書館, fr. 10420写本

ケイ卿でなく、アーサー王が大猫が戦ったという記述がみつかるが、その代表例ともいうべきは[注 12]いわゆる流布本系『メルラン物語』である。ただしここでは猫名はなく通称「ローザンヌの湖の猫」[11]、ないし「悪魔猫」などと呼ばれるのみである[12]。これを「キャスバリーグ」と同定したのは現代の学説によるものであって[16][18][20][21]

流布本系

そのアーサー王の散文物語群の一篇『メルラン物語』(=「マーリンの物語」)[22]に登場する怪猫(みなしキャスパリーグ)[18][20]に関する記述にふれる。

『メルラン物語』終盤「ローザンヌの湖の悪魔猫」の章のあらましは、以下のとおりである:

(アーサーがローザンヌの土地に来たおりから)時さかのぼること四年前、ローザンヌの湖にある漁師が網を仕掛けると、30スーフランス語版[注 13]の価値ある魚を捕えた。しかし神に供物するのを惜しみ、二匹目がさらに立派だとこれも惜しくなった。三匹目にかかったのは真っ黒い子猫だった。これを飼っているとネズミを捕ってよく働いたが、そのうち主人や妻を食い殺して野放しになってしまった。アーサーらは一同は山を登り、その猫がねぐらとする洞穴にいき、マーリンが甲高い口笛[注 14]で誘い出した。猫は獲物だと思ってアーサーに飛びかかり、かざした槍の鉄先にかぶりついて折ってしまう。王は、その剣で頭上まっただなかに斬りつけたが、皮は切れども頭は無事で、猫は面食らって地面に退いただけだった。定本では、このときの剣は名指しされていないが、異本ではエスカリボールである[23]
アーサーの帷子は鎖は300も砕け[注 15]、鮮血が流れて深手を負った。だが猫の前爪が盾にめり込むと抜けなくなり、王は両の前足を切り落とした。猫はなおも後爪を帷子にかけて喉元に食らいつこうとしたが、アーサーは後足も切り落として怪物をやっつけることができた。アーサーは、猫の前足がついたままの盾と、後ろ足がついたままの帷子(オーベルク)を櫃に収めて保管させた。また、この「湖の山」を「猫の山」[注 16]と改名させた[22]

この作品は、中英語訳『中英語散文マーリン』もあり、もちろん同じ怪猫が登場する[24]

ランベス本

また、中英語で書かれた15世紀頃の物語では、アーサー王がコーンウォルの狩場園で野生の猫を退治する(ランベス84写本のアーサー伝説逸話[25][注 17])。このときアーサーは、「ガラスの盾」を用意させ[注 18]、惑わされた猫どもは自分の影(鏡に投影された自分の姿か)と戦って、王は駆除に成功した。

他の作品群での言及

アーサー王伝説に属さない作品でも、アーサー王と怪猫との戦闘に言及したものが数例あり、19世紀以降の学者もこれらをまとめて考察する場合が多い[26]

アーサー死亡説

シャパリュ(猫パリュ)[注 19]、という怪物によってアーサー王は殺されてしまったという通俗話もフランス人のあいだでは敷衍したらしく[注 20]、そのことをフランス人の虚言だとしたのが、ノルマン朝英国圏(つまりノルマンディーを含む)の詩人、クタンスのアンドレによるアングロ=ノルマン詩『フランス人物語』である( § アングロ=ノルマン詩参照)[27]

マヌエルとアマンデ

12世紀のドイツ詩の断片、『マヌエルとアマンデ』[仮訳題名]の主役はギリシア皇帝マヌエルとエスパニア王女アマンデであるが、二人の挙式はアーサー王の立ち合いのもとでおこなわれ、そしてアーサー王の死についても言及されている[28]、王の死は魚でもあり、猫の姿もした怪異のしわざだとされている[29]。おそらくこれにはフランス語による原作があったものと想像される[30]

そしてそれは、広く知られる散文『メルラン物語』でアーサーが大猫と戦ったエピソードの異聞を収めるものの、それとは違ってアーサーの死という恥辱の形で歌ったものだと指摘される[31]

アングロ=ノルマン詩

このようなアーサー王に対する不名誉な記述に対し、フランス人による讒言だと反論を唱えているのが、アンドレ・ド・クタンスフランス語版作のアングロ=ノルマン詩『フランス人物語』(13世紀)であり[注 21]、「フランス人がくだらない歌をつくり、アーサー王はカパリュ(パリュ猫)によって池に突き飛ばされ、戦って殺され、バリュ猫はイギリスにわたって王冠を手にしたなどというが、そんなことは、神に証明される嘘っぱちである」、と(英国びいきのノルマン人の観点から)述べている[32][33][34][35]

カタルーニャの騎士道物語

またカタルーニャ語最古の騎士道物語『騎士シファールの書』英語版において、登場人物たちは自分たちの境遇をアーサー王が「ガト・パウル(パウル猫)」と対峙したときの危機となぞらえているが、これはローザンヌで大猫と戦ったことの言及とみなされる[注 22][19]

ガルラン・ド・ブルターニュ

『ガルラン・ド・ブルターニュ』(13世紀、ジャン・ルナール英語版の作ともされる)でも、アーサー王と怪猫との戦闘についての言及がある。エミール・フレモンドイツ語版ガストン・パリスの要約によれば、ガルランがドイツ人のギナンにチェスで勝利し、相手は挑発のためにアーサー王が奮戦の末に猫に殺されたなどという出鱈目を言い始める[36][37]

原文には解釈の余地があって、文法上は、ドイツ人がアーサー王が猫を殺したと逆の読み下しもできるが、しかし、状況を踏まえれば、その解釈はありえないとフレモンはしている[38]。この点についてはガストン・パリスも同意見だった[37]。 しかし英訳書(2008年)では、「アーサー王が猫に殺したという格言」と逆解釈を用いている[注 23][39]

その他の英雄

ロキフェールの戦い

武勲詩『ロキフェールの戦いフランス語版[注 24]のなかで、シャパリュ[注 1]に遭遇するのは、レヌアール[注 3]Rainouart)という騎士である。レヌアールは、そもそも異教徒だが、姉(?)のギボール(改宗前名オラブル)がギヨーム・ドランジュ (武勲詩)フランス語版の妻となったのをきっかけに、キリスト教に改宗した[41]。妻と死別し息子とも別離し、その悲しみようが慰むべくもないレヌアールの元に、三人の妖精がやってきて、アーサー王の国アヴァロンに連れて行く[42][43][注 25][注 26]

アーサーが、レヌアールと戦うようにしむけるカパリュは、次のような不幸な生い立ちであった。リュタンフランス語版(妖精の一種)のグランガレは[注 27][注 28]、フェー(妖精女)ブリュヌオル(?)[注 29]にたいする恋覚めやらず、ついにオルコンの泉[注 30]で行水中の彼女を無理やり犯してしまう。そして生まれたカパリュは美男子だったのだが、妖精女はその姿をみるたび辱めを思い出すので、これを醜い怪物の姿に変えてしまった。その呪いはレヌアールの血を数滴すすらないと治らないとされた[49][50][51]

怪物と化したカパリュは、目は赤く[52]、「猫の頭と馬の胴体、グリフォンの爪(竜の足)と、獅子の尻尾、番犬ほどに鋭い歯」を持つとされている[53][注 31]

蛇足ではあるが、詩の中でレヌアールをさらおうとする三人の妖精たちのおしゃべりの中で、ガウェイン卿、イヴァン卿ロランも妖精郷にいざなわれており、アーサー王の歓迎の挨拶にもそのことが語られる[54][注 32]

レヌアールは、三人の妖精たちにアヴァロンまで連れ去られ[55]、アヴァロンのアーサー王の命令でシャパリュと戦わせられる。その戦闘で、シャパリュは相手のかかとから、いくばくかの血を舐めとり、人間の姿を取り戻した[56][50]

オジエ・ル・ダノワ

オジエ・ル・ダノワ(デンマルク人〔びと〕オジエ)の武勲詩『オジエの騎士道』を改作して、アーサーや妖精モルグを巻き込む物語に仕立て直した、いわゆる『オジエ物語』(フランス語: Roman d'Ogier)があるが、まず十音綴英語版版(1310年頃[57])、そそしてアレクサンドラン韻律(十二音綴)詩版(1310年頃[58])が作られた[59][60]

たとえば十音綴でも、カパリュ[ス]は元騎士が妖精〔フェー〕によってリュタンの姿にされた成れの果てであり、人間に戻ったあかつきに、オジェの騎士見習い(盾持ち)になると申し出た[61]。これはあきらかに上述の『ロキフェールの戦い』の構想を借用したものであり、アルテュス(アーサー王が)長年戦っていたシャパリュと決着を図るためレヌアールを代役にしたと同じように、オジエも代役を担ったのである[62]。アレクサンドラ、中身は同様であるン版ではカピュリュ[ス](Capulus)に綴りを変えるが[63][64]。散文体の翻案でも、やはり同じような内容で、猫とはされず、妖精〔リュタン〕の王という設定である[65][注 33]

オジエの事績については、ジャン・ドゥートルムーズ(ジャン・ド・プレ)フランス語版 作 『La Geste d'Ogier』(1375年頃)[67] や、『歴史の鑑』(Ly Myreur des Histors、1385年頃)[68]に記述されるが、後者でもシャパリュとの戦いにも触れる[54]。上述のレヌアールによる『ロキフェールの戦い』における冒険と類似しており[54]、ジャンがこの武勲詩を知っていたことは疑いがないが[59]、改作版『オジエ物語』の作者らが借用したかは確たる証拠がない[59]

『歴史の鑑』によれば[60]、オジェは西暦896、トリスト島[注 34](キプロスから航行9日の距離)に名馬パッスヴァン[注 35]を従えて漂着する。オジェは多種の野獣やカパリュ[ス](Capulus。「野生猫(ヤマネコ)と説明)[69]と戦う。じつはカパリュ[ス]の中身は人間、それもオジェの見習騎士ベノワ[注 36](の魂)で、オジェが目と目の間を叩くと解呪されるのだった。オジェはアーサー王やガウェイン卿とも戦うが、モルグ・ル・フェが息子オーベロン[注 37]に召喚されえ現れて仲裁し、オジェを愉悦の城(Castel Plaisant)に誘う[54][59][60]

美術

南イタリアのオトラントにある騎乗したアーサー王(REX ARTVRVS)のモザイク画は有名だが(冒頭図参照)、その近くに配置される珍獣のモザイク画は、キャス・パリーグのものだとする考察がある(冒頭画像参照)。その仮説では、アーサー王に立ち向かう「黒豹のような」[70]「斑点の猫種」の獣がそれであり、また、王がまたがる有角動物(ヤギ[70][71])の後足あたりで、人間の喉元に食らいつく大型猫もそうだとしている[72]

地方伝説

流布本によれば、アーサー猫退治をおこなったのは現今スイスのローザンヌ付近で、勝利を記念してモン・デュ・ラック「湖山」をモン・デュ・シャ「猫山」と改名したとなっている。しかしスイスの学者エミール・フレモンドイツ語版が調査したところ、その近隣には該当する山名も伝承もなかった。しかし130km程南西のフランスサヴォワ県ブルジェ湖フランス語版の左岸にモン・デュ・シャ山フランス語版があり、その山麓にシュヴリュフランス語版村があり、怪物猫が騎士と戦ったという伝説も19世紀まで伝わっていた[73][74]

この一帯には、モン・デュ・シャの外に「猫の牙」峰(ダン・デュ・シャフランス語版)、「猫の首」峠(コル・デュ・シャフランス語版)などの名で呼ばれる地形が散在する[75]

脚注

注釈

  1. ^ a b 渡邉 (2022), p. 326で確認したカナ表記。
  2. ^ 中世のフランス語文学では、カパリュ[ス] Capalu, Capalus の綴りもシャパリュ Capalu等の綴りもあるが、概して現代発音風のシャパリュに統一する。
  3. ^ a b 渡邉 (2022), p. 326や、小栗栖の論文[1]などで確認のカナ表記。
  4. ^ "guillaume-kana"
  5. ^ アングルシー島はウェールズ語でモーン、ラテン式モーナと称す。
  6. ^ ゲスト夫人は注釈に寄せて、この三題詩を散文訳。原典は『ミヴィリア考古学(Myvr. Arch.)』第2シリーズの三題詩第56番(ヘルゲストの赤本版)だが、内容は Bromwich 編の第 26W 番とほぼ同じ。
  7. ^ ウェールズ語: "Y iscuid oet mynud"
  8. ^ 現代英語訳の原文"his shield was polished against Palug's Cat"。
  9. ^ Matheson (1985), p. 86-88では、考察の典拠として Roberts, Brynley F., 'Rhai o Gerddi Ymddiddan Llyfr Du Caerfyrddin', in R. Bromwich and RB Jones, Astudiaethau ar yr hengerdd (Cardiff, 1978) p. 308, note on l.83 を、英訳例として Christine Haunch, "His shield glinted against the Cat Palu" in Markale, King Arthur: King of Kings (London, 1977), p.134 を紹介している。
  10. ^ ダンバー城ちかくの大岩には、アセルスタン王の剣傷があるとも、ケイ卿 (Caius)が戦った大猫の爪痕があるとも口承されるという内容。この資料提示はSims-Williams (1991), p. 45, note 71 だが、こちらも(レイチェル・)ブロムウィッチ氏よりこの記述の存在を知ったとする。
  11. ^ chat du lac de Losane
  12. ^ 中世でも広く伝わった作品として知られる:Paris (G.) (1888), p. 219: "la version plus réprandue du Merlin en prose", Paris (P.), Les Romans de la Table ronde, t. II, pp. 358–362"。
  13. ^ スー≒ソリドゥスシリング
  14. ^ 古フランス語 cifle, フランス語: sifflement
  15. ^ 原文表記は" フランス語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Li Romanz des Franceis
  16. ―(『ロキフェールの戦い』)
    ―( ジャン・ドゥートルムーズ(ジャン・ド・プレ)『歴史の鑑』)
二次資料

関連書籍

  • 渡邉浩司「アーサー王によるローザンヌ湖の怪猫退治とその神話的背景(『アーサー王の最初の武勲』787~794節)」、中央大学仏語仏文学研究会『仏語仏文学研究』第46号、2014年3月、pp.1-35.

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