スチールハート
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/02 23:07 UTC 版)
| スティールハート Steelheart |
|
|---|---|
| 別名 | Red Alert (1981-1990) |
| 出身地 | コネチカット州ノーウォーク |
| ジャンル | ハードロック ヘヴィメタル |
| 活動期間 | 1990年 - 1993年 1996年 2006年 - 現在 |
| レーベル | MCAレコード Z Records Steelheart Records |
| 公式サイト | steelheart.com |
| メンバー | ミレンコ・マティアヴィッチ (Vo/G) ジョー・ペシア (G) ジェームス・ウォード (B) マイク・ハンベルト (Ds) |
| 旧メンバー | クリス・リゾーラ (G) ほか別記参照 |
スティールハート(Steelheart)は、アメリカ合衆国出身のハードロック・バンド。
同国HR/HMムーブメントの末期にデビュー。ヒット曲を量産するなど早々に開花するも、不幸事が原因で活動停止。紆余曲折を経て、2000年代から再始動したベテランのグループ。
来歴
1981年、ミレンコ・マティアヴィッチらを中心に結成したハードロック・バンド「Red Alert」が前身。レッド・ツェッペリンやスコーピオンズといった、有名ロック・バンドのカバーを主体としていた。
1990年、大手レーベル「MCAレコード」に売り込みが成功しメジャー契約。同名のバンドが存在したため「Steelheart」と改名した。
セルフタイトルの1stアルバム『STEELHEART』でデビュー。米ビルボードチャートでトップ40を記録し、日本でも初日に33,000の売り上げを記録するなど早々に開花。同年に初来日公演を開催。翌1991年にシングルカットされたバラード「She's Gone」は、インターナショナルチャートで1位記録した。
1992年、2ndアルバム『Tangled in REINS』を発表。その後ライブツアーを開催するも、ライブ中にヴォーカル担当のマイク・マティアビッチが、照明器具の落下に巻き込まれてしまうという事故が発生して大怪我を負い、長期の療養が必要となった。これによりバンドの中心人物を失い、1993年から活動を休止をせざるを得なくなった。
1996年にバンドを再編し、3rdアルバム『Wait』を発表。マティアビッチが療養中に様々なトラブル・苦難と闘った影響で、書き上げた楽曲は全体的に哀愁的な雰囲気になっていた。また、当時流行していたグランジ的な楽曲も多く含まれており、これまでの作風とは音楽性が大きく異なっている。この間、マティアビッチ以外のオリジナルメンバーは既にバンドを離脱しており、当アルバムはマティアビッチのソロ的側面の濃い作品であった。
ライブツアー終了後、長期の活動停止期間に入る。
- 再始動
2006年、10年ぶりに活動を再開し、創設メンバー クリス・リゾーラが復帰。自主レーベル「Steelheart Records」を設立し、EP「Just a Taste」 ビデオ『Still Hard』といった作品を久々にリリースした。
2008年、12年ぶりの4thアルバム『Good 2B Alive』を発表。
2017年、27年ぶりの来日公演を開催[1]。同年秋、9年ぶりの5thアルバム『Through Worlds Of Stardust』を発表[2]。
スタイル
ボーカリスト ミレンコ・マティアヴィッチによる、4オクターブを越える勢いの驚異的ハイトーンボイスと、高い歌唱力が大きな特徴であった。
1990年代に発表された楽曲の多くは、オーソドックスなアメリカン・ハードロックを主体とていた。特に「She's Gone」「I'll Never Let You Go」「All Your Love」等のバラード曲が特に支持された。ただし、12年ぶりに発表したアルバム『GOOD 2B ALIVE』では、音楽性が変化している。
メンバー
現ラインナップ
- ミレンコ・マティアヴィッチ Miljenko Matijevic - ボーカル/リズムギター (1990– )
- ジョー・ペシア Joe Pessia - リードギター (2017– )
- ジェームス・ウォード James "Jimmy" Ward - ベース(1989–1992, 1996, 2023– )
- マイク・ハンベルト Mike Humbert - ドラムス (2006– )
旧メンバー
- クリス・リゾーラ Chris Risola - リードギター (1990–1992, 2006–2014)
- ジャック・ウィルキンソン Jack Wilkenson - ドラムス (1990)
- ジョン・ファウラー John Fowler - ドラムス (1990–1992) RIP.2008
- ケニー・カナウスキ Kenny Kanowski - リードギター (1996) RIP.2017
- ヴィンセント・メレ Vincent Mele - ベース (1996)
- アレックス・マカロヴィッチ Alex Makarovich - ドラムス (1996)
- ウロス・ラスコフスキ Uros Raskovski - リードギター (2006–2008, 2009–2010, 2014–2017)
- ビル・ロネロ Bill Lonero - リードギター (2008)
- レヴ・ジョーンズ Rev Jones - ベース (2007–2016)
- マーテン・アンダーソン Marten Andersson - ベース(2016–2022)
ディスコグラフィ
- オリジナル・アルバム
- STEELHEART (1990年)
- Tangled in REINS (1992年)
- Wait (1996年)
- Good 2B Alive (2008年)
- Through Worlds Of Stardust (2017年)
- EP
- Just a Taste EP (2006年)
- 映像
- Still Hard (2006年)
脚注
外部リンク
スティールハート
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| スティールハート | |
|---|---|
| 欧字表記 | Steel Heart[1] |
| 品種 | サラブレッド[1] |
| 性別 | 牡[1] |
| 毛色 | 黒鹿毛[1] |
| 生誕 | 1972年3月25日[1] |
| 死没 | 1994年7月4日(22歳没) [2] |
| 父 | Habitat[1] |
| 母 | A.1.[1] |
| 母の父 | Abernant[1] |
| 生国 | |
| 生産者 | William F. Davison |
| 馬主 | R.Tikko |
| 調教師 | ダーモット・ウェルド(アイルランド) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 12戦5勝[1][2][3] |
| 獲得賞金 | 60287ポンド[3] 35000マルク[3] |
スティールハート (Steel Heart、1972年3月25日 - 1994年7月4日)[1]は、アイルランドで生産された競走馬、種牡馬。
経歴
競走馬時代
競走馬としては2歳時から短距離馬として活躍し、イギリスGIのミドルパークステークスをはじめ、ジムクラックステークス(イギリスGII)、デュークオブヨークステークス(イギリスGIII)、ゴルデネパイチェ(ドイツGIII)と、6ハロンまたは1200メートルの[3]重賞を4勝した[2][3]。ほかイギリスの2歳王者決定戦デューハーストステークスで2着(優勝馬はグランディ)[3]、 ジュライカップで2着[3]などの成績を残している。1976年に競走馬を引退した。
種牡馬時代
引退後は種牡馬となり、アイルランドで供用された[3]のち、1978年に日本へ輸出され[2][3]、下河辺牧場で供用された[3]。
それまでの日本競馬においては距離適性別の競走体系が明確でなく、距離万能の種牡馬が尊重されていたが、1984年に中央競馬で競走番組の大幅改革が行われ、特定の距離に強いスペシャリストタイプの馬にも大きく活路が開かれることになった。そのような背景のなかスティールハートは優秀な短距離馬を数々送り出し、産駒が挙げた勝利のうち、実に85パーセント以上が1600メートル以下の距離でのもの[4]であった。とくに代表産駒ニホンピロウイナーはクラシック路線から短距離路線に転じて大きな成功を収め、全盛期には「マイル以下なら(当時の最強馬の)シンボリルドルフより強い」とまで言われ距離体系整備の象徴的な存在となった。またスティールハートの後継種牡馬としても、ヤマニンゼファー、フラワーパークと2頭の短距離GI優勝馬を輩出した。
1994年7月、老衰のため浦河スタリオンセンターで死亡[2]。22歳没。
主な産駒
太字は勝利したGI級競走。
- 1980年産
- ニホンピロウイナー(マイルチャンピオンシップ2回、安田記念、マイラーズカップ、京王杯スプリングカップ、スワンステークス、朝日チャレンジカップ、CBC賞、きさらぎ賞)
- スティールアサ(新潟3歳ステークス)
- 1982年産
- 1985年産
- 1986年
- 1988年産
- ケイワンハート(東京プリンセス賞)
- 1990年産
- マザートウショウ(函館3歳ステークス、テレビ東京賞3歳牝馬ステークス、クイーンカップ)
ブルードメアサイアーとしての主な産駒
- 1988年産
- ビッグファイト(父ノーザンテースト、京王杯3歳ステークス、新潟3歳ステークス)
- 1992年産
血統表
| スティールハートの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
| 父系 | ハビタット系 |
[§ 2] | ||
|
父
Habitat 1966 鹿毛 アメリカ |
父の父
Sir Gaylord 1959鹿毛 アメリカ |
Turn-to | Royal Charger | |
| Source Sucree | ||||
| Somethingroyal | Princequillo | |||
| Imperatrice | ||||
|
父の母
Little Hut 1952鹿毛 アメリカ |
Occupy | Bull Dog | ||
| Miss Bunting | ||||
| Savage Beauty | Challenger | |||
| Khara | ||||
|
母
A.1. 1963 芦毛 イギリス |
Abernant 1946 芦毛 イギリス |
Owen Tudor | Hyperion | |
| Mary Tudor | ||||
| Rustom Mahal | Rustom Pasha | |||
| Mumtaz Mahal | ||||
|
母の母
Asti Spumante 1947鹿毛 イギリス |
Dante | Nearco | ||
| Rosy Legend | ||||
| Blanco | Blandford | |||
| Snow Storm | ||||
| 母系(F-No.) | (FN:7) | [§ 3] | ||
| 5代内の近親交配 | Nearco 5×4=9.38%、Pharos 5 × 5 = 6.25%、Swynford 5 × 5 = 6.25% | [§ 4] | ||
| 出典 | ||||
父ハビタットはロッキンジステークスやムーランドロンシャン賞などに優勝し、マイルで活躍[3]。種牡馬としてもヨーロッパ・アメリカを問わず大きな成功を収めた。母は未勝利馬[3]。半妹アンピューラはイギリスのG3競走・チェリーヒントンステークスの優勝馬[3]で、その産駒(甥)にアイルランド・アメリカで重賞3勝のアンセストラルがいる。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j k “ステイールハート(IRE)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年4月5日閲覧。
- ^ a b c d e 「今月のトピックス『名馬・名種牡馬の悲報、相次ぐ』」『優駿』、日本中央競馬会、1994年9月、74頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 山野浩一「'82三歳新種牡馬レビュー(1)」『優駿』、日本中央競馬会、1982年7月、134頁。
- ^ 飯田正美「スティールハート産駒の勝ち鞍分布」『種牡馬血統データブック』西東社、2007年、267頁。ISBN 978-4791606962。
- ^ a b c “ステイールハート(IRE) 血統情報:5代血統表”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年4月5日閲覧。
- ^ a b “スティールハートの5代血統表”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2020年4月5日閲覧。
外部リンク
- Steel Heartのページへのリンク