NWOBHMとヘヴィメタルの確立、定着
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「ヘヴィメタル」の記事における「NWOBHMとヘヴィメタルの確立、定着」の解説
英国のハードロックは1970年代前半に一時代を築き上げるが、ハードロック、プログレッシブ・ロックのマンネリ化への反動や大不況などから、1970年代半ばにパンク・ロック・ムーヴメントが起きる。かつてのハードロックは「オールド・ウェイヴ」と呼ばれるようになり、ブリティッシュ・ハードロック・シーンはその勢いを失っていった。しかしアンダーグラウンドシーンでは様々な若手バンドが、一部ではパンクのビートの性急感をも取り入れながら、新しい時代のハードロックを模索するようになっていた。『サウンズ』誌の記者ジェフ・バートンにより「NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)」と名付けられたこのムーヴメントは、少しずつ知られるようになっていった。1980年にはアイアン・メイデン、デフ・レパードがメジャーデビューし、シーンは一気に活性化していく。それらのバンドと比べると商業的な成功は大きくなかったものの、ヴェノムやダイアモンド・ヘッドものちのメタルシーンに影響を与えた。 NWOBHM勢に結成は先立ちながら、同時期のヘヴィメタルの立役者となったのが、同じくイギリス出身のジューダス・プリーストである。ブルースの影響を捨て去ることで、真っ白なヘヴィメタルの隆盛に寄与したのである。1969年の結成当初は比較的オーソドックスなハードロックをプレイしていた彼らであるが、やがて硬質で疾走感のあるギターリフを用い、金属的な高音ボーカルでシャウトするなどの様式美の伝統を作り出した。さらに1970年代後半からはレザー・ファッションを取り入れるなど、ステージ・パフォーマンスの面でも後々までステレオタイプ化されるような「ヘヴィメタル」のイメージを作り上げた。またモーターヘッドは、ロックンロールにパンク・ロック的な要素やスピード感のあるリズムを導入し、後のハードコア・パンクやスラッシュメタルの先駆けにもなった。さらにディープ・パープルのコンピレーション・アルバムが発売され、かつてのハードロックバンドの再評価、活躍も見られた。 イギリス以外の世界のバンドについては、ドイツのスコーピオンズ、アクセプト、オランダのヴァンデンバーグ、ゴールデン・イヤリング、オーストラリアのAC/DC、カナダのラッシュ、マホガニー・ラッシュ、デンマークのプリティ・メイズなどが注目された。日本では、1976年にBOWWOW(のちのVOW WOW)、1977年にレイジーがデビューした。
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