C級1組・七段での足踏みとは? わかりやすく解説

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C級1組・七段での足踏み

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 01:23 UTC 版)

屋敷伸之」の記事における「C級1組・七段での足踏み」の解説

中原棋聖との初のタイトル戦第55期棋聖戦)を戦っていた頃、順位戦デビューとなる第48期1989年度C級2組順位戦で9勝1敗・1位の成績収めC級1組昇級いわゆる1期抜け’である。史上初めて「三段リーグ順位戦C級2組連続1期抜けした」棋士となった(2例目は第76期の藤井聡太)。 しかし、タイトル経験者ありながらC級1組からB級2組へなかなか上がれず、「将棋界の七不思議」の一つとまで言われた。 C級1組1年目1990年度(第49期)にすぐ昇級チャンスをつかむが、8戦目で森下卓との1敗同士での対決敗れ昇級逃す。この時期行なわれていた棋聖戦五番勝負前述)もこの顔合わせで、屋敷タイトル初防衛果たしたものの、「この時は痛み分けでしたが、長い目で見ると、この代償大きかったようです」とのちに語っている。 2003年度(第62期)順位戦C級1組において9勝1敗の成績で1位となり、14年間のトンネル抜け、ついにB級2組昇級。 ようやくにB級2組への昇級決めたが、14年間という長いトンネルであったその間順位戦成績通算する10040敗であり、次点を4回記録している。特に2001年度(第60期)における畠山鎮との昇級争いでは、両者勝敗数が2期連続同じであったため、2期前の僅か星1つの差が効いてしまった。 同時期に、第39期(1989年度)と第40期(1990年度王将戦では初め王将リーグ入りし、第40期では初残留また、第3期1990年度竜王戦5組準優勝し、2期連続昇級4組昇級。さらに、第13回オールスター勝ち抜き戦」で10連勝(5連勝以上は棋戦優勝扱い1991年1月29日 - 5月13日)するなどの活躍をした。 第7期1994年度竜王戦3組準優勝2組へ初昇級)。本戦トーナメントでは2勝を挙げる。 全棋士参加大型棋戦第14回1995 - 1996年)全日本プロトーナメント優勝準決勝では羽生善治に勝ち、決勝五番勝負1996年4月3日 - 5月1日)では藤井猛3-0ストレート下した第46回1996年度NHK杯戦で村山聖佐藤康光島朗らに勝ち決勝進出森内俊之敗れて準優勝。 第68期(1997年度棋聖戦において三浦弘行棋聖挑戦し、3勝1敗で奪取3度目棋聖位に就く(次期防衛戦(第69期1998年度)では郷田真隆挑戦を受け、0勝3敗で失冠)。これでタイトル通算3期となる。当時七段の屋敷は、あとは八段昇段し1年すれば自動的に九段資格得られることとなった。 そして、2002年5月13日、勝数規定七段昇段後190勝)により、八段昇段順位戦B級2組経験しないまま八段昇段したのは史上であった自動的に翌々年度の2004年4月1日九段昇段した第10期1997年度竜王戦2組優勝1組昇級)。本戦トーナメントでは挑戦者決定三番勝負進出するが、真田圭一敗れる。第11期1998年度竜王戦は、1組3位本戦出場しベスト4第35回2001年度早指し将棋選手権準優勝

※この「C級1組・七段での足踏み」の解説は、「屋敷伸之」の解説の一部です。
「C級1組・七段での足踏み」を含む「屋敷伸之」の記事については、「屋敷伸之」の概要を参照ください。

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