AS選手時代
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計盛はもともとはシンクロナイズドスイミング(当時)の選手であった。シンクロ選手時代の所属は浜寺水練学校→サンケイ・エス・ティであった。 小学校1年生の時にテレビ放送で見たシンクロ選手の一演技を見て興味を持ち始め、小学校2年生時にアーティスティックスイミングを始めた。小学生から中学生時代はJOCのジュニア大会などで優勝した実績を有している。 小学校6年生であった2006年、関西選手権水泳競技大会のジュニアの部ソロに出場し優勝。同年の第29回全国JOCジュニアオリンピックカップ10~12歳の部でもソロ部門で優勝した。 中学校進学後、2008年のクリスマスプライズプラハ2008に出場。ソロ、デュエットの両部門で1位となった(この時のデュエットでのペアが誰であったのかは不明)。翌2009年にはアジアエージグループ選手権でソロ、フィギュア、チームの3部門で優勝し、さらに同年のジュニアオリンピック大会ソロ13~15歳の部門、およびデュエット13~15歳(篠原瑠璃とのペア)で優勝した 。 高校進学後、2年生時の2011年には国体に出場し、デュエットで優勝した(ペアは、大阪信愛女学院高・加島知葉)。3年生となった2012年には出場した日本シンクロチャレンジカップのデュエット部門で優勝している。この年にギリシャで開催された世界ジュニア選手権大会では対象全競技に出場し、ソロ、デュエット、チームの3競技で2位に入り、フリーコンビネーションでも4位に入賞している。2012年ロンドンオリンピックへの出場はならなかったものの、同年にはシンクロ日本代表「マーメイドジャパン」にも選出された。 2013年、大学入学直後に静岡県浜松市で開催された第89回日本選手権ではマーメイドジャパンの一員として参加し、チームとフリーコンビネーションの2部門で優勝した。同年にはスペインのバルセロナで開催された2013年世界水泳選手権のシンクロ部門で、オリンピックの種目には設定されていないソロで出場し、計盛はメダルが期待されたが、4位に終わり、メダル獲得はならなかった。 2014年6月6日より同8日まで尼崎スポーツの森で実施された日本選手権でマーメイドジャパンの一員として出場し優勝した。同年10月に出場したFINAシンクロワールドカップではチーム第2位に導く演技を披露した1人であった。 しかし2015年3月に、体力面の不安を理由として辞退する形でマーメイドジャパンより離脱した。このマーメイドジャパン離脱について、当時のマーメイドジャパンのコーチであった井村雅代は「代表入りを断るのも私には理解できない」と計盛を含む辞退者全員を批判した。この辞退により、出場が期待されていた2016年リオデジャネイロオリンピックへの参加は実現しなかった。よって、計盛はオリンピックへの出場経験はない。 その後2017年の大学卒業までにシンクロ選手も引退した。 大学時代は身長158cmとAS選手としては低く、それをカバーするために高さを出すことを意識した。
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