1998年の射殺事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 09:29 UTC 版)
「北九州元漁協組合長射殺事件」の記事における「1998年の射殺事件」の解説
1998年(平成10年)2月18日午後7時ごろ、福岡県北九州市小倉北区古船場町の路上で、元脇之浦漁業協同組合(現・北九州市漁業協同組合脇之浦地区)組合長K(当時70歳)に、何者かが拳銃を至近距離から発砲、4発を命中させた。 その後、暴力団二代目工藤連合草野一家(現在の工藤會)の当時の組長ら3人が殺人と銃刀法違反で逮捕・起訴され、そのうちの2名については2008年に最高裁判所で無期懲役と懲役20年の有罪判決が確定し、残りの1名については第1審で無罪を言い渡された。この第1審において、事件の背景を「港湾整備公共事業への利権介入を断られたことへの報復」と位置付け、「工藤連合の組織的関与が明白である」とみなされた。 2013年(平成25年)12月には、前述Kの実弟で、当時北九州市漁業組合長だったU(当時70歳)も射殺される事件が発生(後述)。福岡県警は1998年の射殺事件に関する公判資料を改めて調べた結果、上層部の関与を示す新証拠を見つけたことで、工藤会の実質トップとされた総裁・野村悟が、1998年の射殺事件で、当時支配下にあった実行犯の組員と共謀し、実質的に重要な役割を果たしていれば、実行犯と同等の責任を問えるものと見なされる「共謀共同正犯」で行方を追い、2014年(平成26年)9月11日に、殺人と銃刀法違反で逮捕。 同時に、1998年の事件で当時若頭だった工藤会のナンバー2とされる会長・田上不美夫に対しても逮捕状を取り、野村共々逮捕する方針を固めるが、田上の自宅を捜索しても見つからなかったため、野村に対し警察庁は、周辺県の警察に手配・捜査を呼び掛ける特別手配を交付。同9月13日に会長を逮捕した。 なお、共犯者が公判中による公訴時効停止及び2010年(平成22年)の殺人罪の公訴時効撤廃により、工藤會の総裁と会長の公訴時効は成立していない。 2021年(令和3年)8月24日、福岡地方裁判所は本事件を含む工藤會による4つの市民襲撃事件で、いずれも野村が事件を首謀したと認定し、野村を死刑、田上を無期懲役とする有罪判決を言い渡した。指定暴力団最高幹部への死刑判決は国内初の事例となる。
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