青森県砂沢遺跡出土品
主名称: | 青森県砂沢遺跡出土品 |
指定番号: | 537 |
枝番: | 00 |
指定年月日: | 2000.12.04(平成12.12.04) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 考古資料 |
ト書: | |
員数: | 一括 |
時代区分: | 弥生 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 本件は、砂沢遺跡から出土した弥生時代初頭の資料一括である。 遺跡は、弘前市北部の岩木山に源を発する岩木川左岸の段丘上に存在し、標高は一六-一八メートルを測る。この砂沢地域には江戸時代天保年間に灌漑用溜池が作られ、現在までに数回の改修が行われ、昭和四十年代に堤防工事が完成した。溜池に貯水が増えることにより、地表面が浸食され土器が発見されるようになり、明治時代にはこの遺跡の存在が知られていた。昭和二十年代には明治大学、東北大学が相次いで発掘を行い、出土土器は「砂沢式」として縄文時代から弥生時代をつなぐ標式土器となった。 本件は、昭和五十九年から昭和六十三年にかけて弘前市教育委員会による遺跡範囲確認の学術調査の際に発見されたものである。調査面積は二二五四平方メートルで、この結果水田跡六枚、住居跡三棟、土坑【どこう】四基、水路八条、埋設土器一基などが発見された。本調査で発見された水田跡は「砂沢式土器」の時期に営まれたことが判明し、東北北部最古の水田跡として重要である。 本出土品の一括は縄文時代最終末の大洞【おおぼら】式土器の技法・器種を受け継ぎながら、甕・壺などの弥生文化の特徴的な器種が共伴し、最終末期の土偶・土版がみられる点で重要である。また、石器には縄文時代から引き続く石鏃や石匙の形態、また弥生時代に特徴的な鑿状の石器などが共伴し興味深い。 本件は東北北部における初期弥生文化の生活の実態を知る上で極めて貴重な学術資料である。 |
考古資料: | 青森県大石平遺跡出土品 青森県宇鉄遺跡出土品 青森県石神遺跡出土品 青森県砂沢遺跡出土品 青森県薬師前遺跡墓坑出土品 青森県風張1遺跡出土品 青磁三足壼 |
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