開港後の整備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 23:45 UTC 版)
1958年(昭和33年)、南房総国定公園に一部指定され、館山港から船形魚港間の海岸道路が完成した。東京湾高速船株式会社により水中翼船バカンス号・ファミリー号を東京・館山間に就航させる。その後、旅客航路は季節運航となり、水深5.5メートル岸壁4バース(内1バース耐震強化岸壁)などが整備され、主に砂・砂利などの資材を扱う工業港へと変貌していく。 1973年(昭和48年)、第28回国民体育大会(若潮国体)ヨット競技の会場になり、1993年(平成5年)に国土交通省から海岸事業として「ビーチ利用促進モデル地区」の指定を受け、これにより、館山港における多目的観光桟橋整備事業、北条海岸におけるビーチ利用促進モデル事業、シンボルロード整備事業などを進めることなる。 2000年(平成5年)5月には、観光・レクリエーション分野での地域振興が期待されるとして特定地域振興重要港湾に選定されており、港湾の北側に大型客船が寄港可能な館山港多目的観光桟橋(館山夕日桟橋)が整備され、2010年(平成22年)に供用開始となった。国土交通省・千葉県・館山市共同で策定した「館山港港湾振興ビジョン」に基づき、「賑わいのある海辺づくり」を基本的な計画として「みなとまちづくり」を推進している。
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