開架式書架
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 05:36 UTC 版)
最初の5つのカーネギー図書館は、当時の図書館にとっては一般的な方法であった閉架式書架に従っていた。公にされていない閉架式書架から本を持ってきて出納机(delivery desk)のところに持ってくるよう、利用者は図書館スタッフに要請していた。 運営コストを削減するため、カーネギーは、本館のあとに作られたピッツバーグ近郊のいくつかの分館の開設とともに当時にとっては革命的な開架式またはセルフサービスの書架方針を創りだした。この流れにそった過程は利用者に書棚へのオープンアクセスを許した。カーネギー図書館の設計者達は、一人の利用者が全体の運営を見渡せるようにピッツバーグ近郊のいくつかの分館を設計した。 本やその他の物品の窃盗は、電子的窃盗防止器具以前であるこの時代では主な関心ごとであった。したがって、伝統的な閉架式図書館で使われていた出納机にかわる図書館のサーキュレーションデスクは、戦略的に正面入口のちょうど入ったところに置かれていた。近代図書館で用いられてきた出納机より大きく、威圧的なことにサーキュレーションデスクはロビーの幅いっぱいに広がっており、正面入口と書物室の物理的精神的障壁としての役割を演じた。数十年後、ピッツバーグホームウッド分館の館長のジョイス・ブロードスJoyce Broadus はフロントデスクのこのデザインを”戦艦”と呼んだ。 最初に開設された“開架式”の分館は、ローレンスヴィルLawrencevilleにある、アメリカで六番目に開設されたカーネギー図書館であった。二番目はウェストエンド分館-アメリカでの八番目のカーネギー図書館-であった。Patricia Lowry はこう記述する。「単にロビーを超えた位置づけで、もはや出納机ではないサーキュレーションデスクは、ローレンスヴィルの中央ステージを占めていて、その両脇にある回転ドアを通り、図書館利用者の油断のない視線のもとで利用者に続けざまに開架式書棚へのアクセスを認められた。窃盗を防ぐために、書架は放射状のパターンに配置されている。ロビーの両側面には一般読者室があり、図書館としては初めての子供のための部屋がありました。読書室は腰の高さからなるガラスの壁によってよく見えるように分けられている。」 建築史家であり、Cincinnati 大学の教師であるWalter E. Langsamはこう書いている。「開架式書架は人々に閲覧することを奨励する、人々は自分が読みたい本を自分自身で選ぶことができるため、カーネギー図書館は重要である。」この開架式の方針は、閉架式を採用していたそれ以前に開設された図書館にも最終的に採用されるようになった。
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