長野義言とは?

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ながのよしこと 長野義言 ○

1815~1862 江戸末期国学者伊勢の人という。通称主膳井伊直弼なおすけ)の国学和歌の師、のち側近として京都にあって廷臣間を種々画策し、安政の大獄深くかわった。直弼死後公武合体奔走したが、彦根藩内の政変斬罪に処せられた。著「古学答問録」「沢能根世利さわのねぜり)」「歌の大武根(おおむね)」など。

長野義言

読み方ながの よしとき

国学者彦根藩士。伊勢国長野次郎祐の弟。号は舎。彦根藩井伊直弼に聘せられ藩士となり、弘道館国学方となる。万延元年直弼の歿後もその遺策公武合体のために奔走した。著書に『玉の緒未分』『活語初の栞』等多数ある。文久2年(1862)歿、49才。

長野主膳

(長野義言 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/19 08:52 UTC 版)

長野 主膳(ながの しゅぜん、文化12年10月16日1815年11月16日)- 文久2年8月27日1862年9月20日))は、江戸時代末期の国学者で、大老井伊直弼の家臣。通称は初め主馬(しゅめ)、のち主膳。義言(よしとき)。桃之舎と号した。




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