薄羽黄蜻蛉とは? わかりやすく解説

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ウスバキトンボ

(薄羽黄蜻蛉 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/23 14:50 UTC 版)

ウスバキトンボ
Pantala flavescens(メス)
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
亜綱 : 有翅昆虫亜綱 Pterygota
: トンボ目(蜻蛉目) Odonata
亜目 : Epiprocta
下目 : Anisoptera
上科 : トンボ上科 Libelluloidea
: トンボ科 Libellulidae
亜科 : ハネビロトンボ亜科 Trameinae
: ハネビロトンボ族 Trameini
: ウスバキトンボ属 Pantala
: ウスバキトンボ P. flavescens
学名
Pantala flavescens
(Fabricius1798)[2]
英名
Wandering Glider
分布域(緑色部分)

ウスバキトンボ(薄羽黄蜻蛉)、学名 Pantala flavescens は、トンボ科ウスバキトンボ属に分類されるトンボの一種。全世界の熱帯・温帯地域に広く分布する汎存種の一つである。

日本のほとんどの地域では、毎年からにかけて個体数を大きく増加させるが、冬には姿を消す[3][4]お盆の頃に成虫がたくさん発生することから、「精霊とんぼ」「盆とんぼ」などとも呼ばれる[5]。「ご先祖様の使い」として、捕獲しないよう言い伝える地方もある。分類上ではいわゆる「赤とんぼ」ではないが、混称で「赤とんぼ」と呼ぶ人もいる。

形態

成虫の体長は5cmほど、の長さは4cmほどの中型のトンボである。和名のとおり、翅は薄く透明で、体のわりに大きい。全身が淡黄褐色で、腹部の背中側に黒い縦線があり、それを横切って細い横しまが多数走る。成熟したオス成虫は背中側にやや赤みがかるものもいるが、翅胸側面に黒筋を欠くことでアカトンボ類から識別されうる[6]

分布

全世界の熱帯温帯に広く分布する。日本では、からにかけて全国でみられる[2]

生態

トンボの多くは成虫になっても水辺にとどまるが、ウスバキトンボの成虫は水辺から遠く離れて飛び回るので、都市部でも目にする機会が多い。日中はほとんどの個体が地上に降りず飛び回るが、夜は草木に止まって休む。朝夕にも休んでいる個体が多い。

あまり羽ばたかず、広い翅で風を捉え、グライダーのように飛ぶことができ、長時間・長距離の飛行ができる[3]。ウスバキトンボの体はシオカラトンボオニヤンマのように筋肉質ではなく、捕虫網で捕獲した拍子につぶれてしまうほど脆いが、これも体や翅の強度を犠牲にして軽量化し、飛行に適応した結果と考えられる。

食性肉食性で、などの小昆虫を空中で捕食する。メス成虫で1日に約14mg(体重の約14%、小昆虫に換算し約185匹分)を捕食しており、小昆虫の有力な捕食者と考えられる[7]。採食時は秋は群れを成して草原の空で小型昆虫を捕食することが多く、並行して雌は様々な水場で産卵を行う。この際、十分な餌を確保できると24時間で約840個もの大量の卵を生産・産卵できる[8]

天敵は鳥類、シオヤアブ、カマキリ、シオカラトンボやギンヤンマなど大型のトンボなど。

生活史

交尾中のウスバキトンボ

交尾したメスは単独で水田などに向かい、水面を腹の先で叩くように産卵する。産卵先は水田だけでなく、都市部の大きな水たまりや屋外プールなどにも産卵にやってくるので、このような場所で捕獲される幼虫ヤゴ)はウスバキトンボの割合が高い[3]。中には水面と勘違いしてか、自動車の塗装面などで産卵行動を始める個体もいる。はごく小さいので車が目立って汚れることはないが、この場合卵はもちろん死滅してしまう。

なお、ウスバキトンボのメス成虫の蔵卵数約29,000は、ほぼ同体長のノシメトンボの蔵卵数約8,800の3倍以上である。また十分に摂食しているメス成虫が1日に生産できる成熟卵は約840個で、産卵数の多さが日本における数か月での個体数急増を可能にすると考えられている[4][9]

卵は数日のうちに孵化し、薄い皮をかぶった前幼虫はすぐに最初の脱皮をして幼虫となる。幼虫はミジンコボウフラ(カの幼虫)など小動物を捕食して急速に成長し、早ければ1か月ほどで羽化する[3]

日本での発生

寒さに弱く、幼虫は水温4℃で死滅するといわれる。毎年日本で発生する個体群は、まず東南アジア・中国大陸から南日本にかけてで発生し、数回の世代交代を繰り返しながら、季節の移ろいとともに日本を北上してゆくものである。日本に殆ど土着せず、東南アジア・中国大陸・シベリアから渡ってくるトンボはウスバキトンボ以外にも多くの種類があるが、他種はひと夏の間に個体数を急増させることはまずない[3][4]

同位体分析により日本に飛来する個体の故郷を推定した研究では、西はインド北部やチベットから中国北方中央部および朝鮮半島まで広域にわたり、時期によりミャンマー北部や中国南部あるいはボルネオスラウェシに由来する可能性が示唆されている[10]

毎年になると南日本から成虫が確認されはじめる。南西諸島九州四国では3月以降[5]に飛び始めるが、東北地方北海道では7~9月[11][12]というように発生時期が徐々に北上する。8〜9月頃には、日本各地で大群で飛び回る様子が観察できる。

しかし、各地に拡散した個体は、いずれのステージにあってもほとんどの地域で冬を越すことができず、死滅する[6][5]無効分散)。日本国内では石垣島でのみ幼虫の越冬・羽化が報告されている[13]ほか、奄美大島徳之島でも2月に成虫の目撃記録があるが[5]、温暖な地域での冬季の挙動はよくわかっていない。

なお、本種が日本の冬を越せない要因としては、熱帯性であるため寒さに弱いことに加えて、トンボ類全般の弱点でもある幼虫のエサとなる水生小動物が不足することも指摘されている。本種が無効分散を繰り返すのは、繁殖力の旺盛さから本来の生息地において容易に環境収容力を越えてしまうためともされるが、明確な結論は出されていない[11]

種の保全状況評価

類似種

ハネビロトンボオランダ語版 Tramea virginia (Rambur1842)
体長5.5cmほどで、ウスバキトンボより少し大きい。和名のとおり翅が広く、翅の根もとが濃い赤褐色で、腹部もウスバキトンボより赤みがかっており、腹部の先が黒い。東南アジアに広く分布し、日本でも南西諸島、小笠原諸島、九州、四国、本州南部に分布するが、飛翔力が高く、東北地方や北海道でも台風通過後などに見られる。

脚注

  1. ^ a b Boudot, J.-P. et al. (2012). "Pantala flavescens". IUCN Red List of Threatened Species. Version 3.1. International Union for Conservation of Nature. 2014年8月9日閲覧 (英語)
  2. ^ a b 日本産昆虫学名和名辞書(DJI)”. 昆虫学データベース KONCHU. 九州大学大学院農学研究院昆虫学教室. 2014年8月9日閲覧。
  3. ^ a b c d e 井上清、谷幸三『トンボのすべて』(改訂版)トンボ出版、2005年(原著1991年)、7,64,72,94-95,146頁。 ISBN 4887161123 
  4. ^ a b c Yuta Ichikawa; Mamoru Watanabe (2014). “Changes in the Number of Eggs Loaded in Pantala flavescens Females with Age from Mass Flights (Odonata: Libellulidae)”. Zoological Science 31: 721-724. 
  5. ^ a b c d 福田晴夫、山下秋厚、福田輝彦、江平憲治、二町一成、大坪修一、中峯浩司、塚田拓『増補改訂第2版昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』株式会社南方新社、2020年。 
  6. ^ a b 槐真史『ポケット図鑑日本の昆虫1400②トンボ・コウチュウ・ハチ』株式会社文一総合出版、2013年。 ISBN 978-4-8299-8303-4 
  7. ^ Yuta Ichikawa; Mamoru Watanabe (2015). “The daily food intake of Pantala flavescens females from foraging swarms estimated by the faeces excreted (Odonata: Libellulidae)”. Odonatologica 44 (3): 375-389. 
  8. ^ Ichikawa, Yuta, and Mamoru Watanabe."Daily egg production in Pantala flavescens in relation to food intake (Odonata: Libellulidae)." Odonatologica 45.1/2 (2016): 107-116.
  9. ^ Yuta Ichikawa; Mamoru Watanabe (2016). “Daily egg production in Pantala flavescens in relation to food intake(Odonata: Libellulidae)”. Odonatologica 45 (1). 
  10. ^ Keith A. Hobson; Hiroshi Jinguji; Yuta Ichikawa; Jackson W. Kusack; R. Charles Anderson (2021). “Long-Distance Migration of the Globe Skimmer Dragonfly to Japan Revealed Using Stable Hydrogen (δ 2H) Isotopes”. Environmental Entomology 50 (1): 247–255. doi:10.1093/ee/nvaa147. 
  11. ^ a b 佐竹一秀 (2013年10月1日). “渡りトンボ(赤トンボ)”. 株式会社エコリス. 2025年2月23日閲覧。
  12. ^ 木野田君公『札幌の昆虫』北海道大学出版会、2006年。 ISBN 4-8329-1391-3 
  13. ^ 渡辺賢一「石垣島でのウスバキトンボ冬季の羽化」『琉球の昆虫』第43巻、2019年、39–40頁。 

参考文献

関連項目

外部リンク




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