紙本著色藤原兼輔像〈/(上畳本三十六歌仙切〉
主名称: | 紙本著色藤原兼輔像〈/(上畳本三十六歌仙切〉 |
指定番号: | 1978 |
枝番: | 0 |
指定年月日: | 2000.06.27(平成12.06.27) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 絵画 |
ト書: | |
員数: | 1幅 |
時代区分: | 鎌倉 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 三十六歌仙【さんじゅうろっかせん】は、平安時代中期の歌人藤原公任【ふじわらのきんとう】(九六六-一〇四一年)が撰したことが、『後拾遺和歌集』序(応徳三年〈一〇八六〉)などに見えている。この公任撰三十六歌仙は、以後貴族の間に流布し、特に古典文学復興の機運が訪れた平安時代末期から鎌倉時代には、公任撰三十六歌仙への尊崇が一段と高まりをみせる。 こうした趨勢にともない、平安時代末期には、和歌に歌仙の絵姿を添える三十六歌仙絵が制作されたことが文献より推測されるが、現存する遺品はすべて鎌倉時代以降のものである。 その中で上畳本【あげだたみぼん】は、公任撰三十六歌仙にもとづく歌仙絵中、最古の佐竹本につぐ古い遺品として著名であり、各歌仙が上畳の上に坐すところからこの名称がある。江戸時代にはすでに切断され、歌仙切【かせんぎれ】として諸家に分蔵されていたことが記録から知られる。現在判明している一六点の現存作品のうち、四点は海外の美術館に流出しており、国内に残る断簡のなかでは、七点が重要文化財に指定されている。 上畳の有無を除けば、歌仙の姿は佐竹本とほぼ共通し、さらに歌仙の略伝や和歌なども一致するものが少なくない。もとは同一系統の祖本によったと考えられる。その作風は、似絵【にせえ】風の顔貌描写に特徴があり、この藤原兼輔像の下膨れで個性的な顔貌表現は、例えば建長四年(一二五二)以降の制作とされる公家列影図【こうけれつえいず】(京都国立博物館保管)などに共通する感覚が認められる。佐竹本に比べて、線質の大らかさや位署の内容がやや簡略である点から、上畳本の制作時期は佐竹本に遅れる鎌倉時代一三世紀後半と考えられる。 しかし歌仙が上畳に坐す点は、一種の崇敬画の体裁として、佐竹本よりも古様な特徴を留めるものである可能性が指摘されている。掘り塗り技法を用いた重厚感のある彩色にも、伝統的な作り絵の雰囲気が濃厚にうかがえ、やまと絵肖像画の歴史の中で重要な位置を占めている。 |
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