稲羽市(いなばし)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 22:43 UTC 版)
市の花は蒲(がま)、市の動物は兎。 稲羽市は行政区域としての名称で、地域・地方としては「八十稲羽(やそいなば)」と言う。 歴史 大昔には天然の要塞とされ、その後付近で最も高い八十神山に城が築かれたのをきっかけに城下町が生まれ、これが八十稲羽の原型となる。八十神山の山の幸、市の中央を走る河川・鮫川の川の幸に恵まれ、戦国時代にも大した戦火に巻き込まれることもなく存続してきた。 江戸時代には温泉地として発達。信玄の隠し湯を売りに賑わいを見せた。しかし、八十神山の大火によって城が焼失すると、領主らは旧城へと移り住み、城下町の住民の大半も移動して温泉地としての八十稲羽は忘れられていった。 明治になると炭鉱の町として再び賑わいを見せる。この時大量の人口流入があり、現在の稲羽市の形が整うことになる。現在の稲羽市民の多くはこの時増加した住民の二世、三世である。しかし、時代が石炭から石油へと移行することで、1980年代に稲羽炭鉱も閉山する。その後、目立った産業も名物もないまま、稲羽は徐々に過疎化と高齢化の波に冒され、現代に至る。 現在 最寄の都市から電車を乗り継いでも3時間という土地柄、通勤圏からも産業地としても外円にあり、大型の道路網も国道が市の南部に300メートルほどかすめるに留まっており、また陶製や染色といった伝統工芸以外目立った産業もなく、完全に孤立した“商業モデルの谷間”地域と化している。 市内のアクセスもローカルバスと稲羽線を中心とした八十稲羽駅が南部に1つのみであり、直接都会にアクセスできないので市民の生活範囲はほぼ市内だけで完結している。現在の人口は5万人程。 近年、町興しの一環として“ビフテキ”を名産品にしようという行政も後押しする動きがあるが、盛り上がりに欠けるのが現状である。
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