相生線
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相生線(あいおいせん)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。北海道網走郡美幌町の美幌駅で石北本線から分岐し、同郡津別町の北見相生駅までを結んでいた。1980年(昭和55年)の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)施行により、翌年9月に第1次特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)4月1日に全線が廃止となった[1]。
- ^ a b c “国鉄第一次地交線11線 装い新たに再スタート”. 交通新聞 (交通協力会): p. 1. (1985年4月2日)
- ^ “昭和の国鉄の終焉期:営業係数(主として昭和56年度のデータ)”. OMOTESANDO HARAJUKU INFOMATION. 2021年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ 第27回帝国議会衆議院本会議会議録1911年2月23日および貴族院本会議1911年3月6日(帝国議会会議録検索システムにて2021年7月23日検索)
- ^ 第28回帝国議会貴族院本会議会議録1912年2月9日(帝国議会会議録検索システムにて2021年7月23日検索)
- ^ 第41回帝国議会衆議院請願委員会1919年3月19日(帝国議会会議録検索システムにて2021年7月23日検索)
- ^ 第44回帝国議会衆議院第四分科会1921年3月2日(帝国議会会議録検索システムにて2021年7月23日検索)
- ^ a b c d 『鉄道ファン』第35巻第8号、交友社、1995年8月、57頁。
- ^ a b 横平弘「旧国鉄予定線・釧美線の路線計画と課題」『土木史研究』第16巻、土木学会、1996年、557-564頁、doi:10.2208/journalhs1990.16.557。
- ^ “津別町営バス再編計画書(案)” (PDF). 津別町. 2014年4月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ “津別町 包括ケア導入へ調査費”. 北海道新聞. 2012年6月28日朝刊オホーツク版 p. 24網走・美幌面
- ^ “10月1日から町営バスが変わります 広報つべつ2012年7月”. 津別町. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ “変わる町営バス第2回 混乗スクールバスになる相生線と上里線 広報つべつ2012年8月”. 津別町. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ “まちバスの運行について”. 津別町. 2015年12月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ “釧路駅前~釧路空港~鶴公園~丹頂の里~阿寒湖畔~美幌駅”. 阿寒バス. 2001年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月19日閲覧。
- ^ a b c d e 石野 1998, p. 922.
- ^ a b c d e f g 石野 1998, p. 923.
- ^ 「国鉄蒸気線区別最終運転日一覧」『Rail Magazine 日本の蒸気機関車』1994年1月号増刊
相生線
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ラインカラー: ■ 桐生駅北口 - 厚生病院 - 足仲団地 - 富士山下駅入口 - 相老駅 - 桐生西高校前 - 桐生球場前駅西 - さくらもーる東 - 相老駅入口 - 足仲団地 - 厚生病院 - 桐生駅北口→方向は左循環、←方向は右循環。
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