特急「南風」の設定以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 23:16 UTC 版)
「南風 (列車)」の記事における「特急「南風」の設定以降」の解説
1972年(昭和47年)3月15日:山陽新幹線の新大阪駅 - 岡山駅間の開業に伴うダイヤ改正により、次のように変更。「南風」をキハ181系気動車による特急列車として、高松駅 - 中村駅間で1往復で運転開始。「しおかぜ」とともに、四国初の特急列車設定となった。なお、宇高連絡船を介して同日付で急行から寝台特急(ブルートレイン)に昇格した「瀬戸」と宇野駅で接続するダイヤを組んだ。 「土佐」が1往復増発し、6往復になる。 「よしの川」の高知駅乗り入れが2往復に減少。 すべての急行列車が善通寺駅に停車するようになる。 1974年(昭和49年)3月1日:「あしずり」1往復を予土線を経由し宇和島駅まで乗り入れ。なお、予土線内は普通列車として運転。 1975年(昭和50年)3月10日:このときのダイヤ改正により、次のように変更。「土佐」「あしずり」のそれぞれ1往復を「南風」に変更。「南風」は3往復になる。 「あしずり」(上り)4号の運行区間を中村発高知行きに変更。「あしずり」運行本数は高松駅発着が5往復と中村発高知行きの1本になる。 「南風」が琴平駅に停車するようになる。 1978年(昭和53年)10月2日:この日のダイヤ改正により、一部の特急列車が佐川駅に停車するようになる。 1980年(昭和55年)10月1日:このときのダイヤ改正により、次のように変更。「土佐」が2往復廃止。 「あしずり」1号の始発駅を土佐山田駅とし、土佐山田駅 - 高知駅間を普通列車として運転。これにより、運行本数は変わらないものの、「あしずり」は高知県内列車の色合いが出てくる。 「よしの川」の土讃本線乗り入れが廃止。 1982年(昭和57年)11月15日:このときのダイヤ改正により、次のように変更。「あしずり」が1往復廃止され、下り5本(土佐山田駅発1本、高松駅発4本)・上り6本になる。 「土佐」の下り1本が増発され、下り5本/上り3本になる。 1985年(昭和60年)3月14日:このときのダイヤ改正により、次のように変更。「土佐」の下り2本/上り1本が廃止。 「あしずり」の下り1本/上り2本が廃止。また、予土線乗り入れが廃止。 1986年(昭和61年)11月1日:このときのダイヤ改正により、次のように変更。「南風」にキハ185系気動車を投入。「あしずり」の1往復が「南風」に変更され、4往復になる。 一部の特急列車が善通寺駅・大歩危駅・豊永駅に停車するようになる。 「あしずり」上り1本を須崎駅~高知駅間普通列車化により「土佐」に変更。「土佐」は高松駅~高知駅間3往復となる。 1987年(昭和62年)3月23日:「土佐」の下り1本が「南風」に変更。同時に高松駅~中村駅間「南風」の下り1本が「あしずり」に変更。 1988年(昭和62年)4月1日:中村線を土佐くろしお鉄道に移管。その際、中村線へ乗り入れる「あしずり」はくろしお鉄道線内では全列車快速列車扱いになる。
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