沖縄県立第一高等女学校
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沖縄県立第一高等女学校(おきなわけんりつ だいいちこうとうじょがっこう)は、かつて沖縄県島尻郡真和志間切安里村(現・那覇市)にあった県立高等女学校。略称は「一高女」。
- ^ a b (琉球政府 1966, p. 536)
- ^ 沖縄県師範学校長を兼務
- ^ 文部省告示第162号 官報. 1900年6月20日
- ^ 文部省告示第65号 官報. 1903年3月28日
- ^ 文部省告示第77号・78号 官報. 1903年0月11日
- ^ 文部省告示第219号 官報. 1907年8月13日
- ^ 文部省告示第31号 官報. 1915年3月3日
- ^ 文部省告示第315号 官報. 1928年5月25日
- ^ (琉球政府 1966, p. 286)
- 1 沖縄県立第一高等女学校とは
- 2 沖縄県立第一高等女学校の概要
- 3 その他
沖縄県立第一高等女学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/08 14:21 UTC 版)
詳細は「 沖縄県立第一高等女学校」を参照 現在の栄町近辺にかつて存在した女学校。1908年(明治41年)この地に移転。沖縄県立女子師範学校から分離し成立した。沖縄戦により灰燼に帰したが、ひめゆり学徒隊の奮闘と悲劇は現在も語り継がれている。
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