水道水中のフッ素と斑状歯問題
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「川下川ダム」の記事における「水道水中のフッ素と斑状歯問題」の解説
西宮市北部と宝塚市では、昔から歯の表面が斑状に黒ずむ斑状歯が見られていたが、原因がわからずほとんど風土病のように考えられていた。昭和22年(1947年)から昭和23年(1948年)に宝塚市内の飲料水の分析が行われ、フッ素濃度が0.1ppmから3.2ppmであることが判明した。この結果を受けて昭和24年(1949年)にまとめられた「フッ素に関する医学的研究」によって、「宝塚第一小学校と船坂小学校で斑状歯の罹患率が半数を上回った」と報告され、該当地区の飲料水中のフッ素濃度が高いことが原因と指摘された。当時水道水中のフッ素濃度に基準はなく、昭和25年(1950年)に水道業者の団体である水道協会がまとめた「飲料水の判定基準とその試験方法」で1.5ppm以上は飲用に適さないとされた。昭和32年(1957年)には水道法が施行され、引き続き厚生省令で水質基準が示され「フッ素濃度は0.8ppm以下であること」とされた。当時宝塚市が所有する水源のうち武庫川右岸にあった7か所はフッ素の含有量が水質基準に抵触していたので、宝塚市はこれらの水源からの取水を止めようと別の水源の開発も行ったが、人口の急増による使用量の増大が続いて水が足りなくなりたびたび断水が発生する状態であったため、フッ素濃度が高いと知りつつ使用を継続せざるを得なかった。全市的に厚生省基準を満たしたのは、伊孑志井堰(宝塚市)の灌漑用水の一部を灌漑に支障がない時期に限って日量15,000立方メートル使えるようになって、上記7か所の水源を廃止した昭和46年(1971年)になってからであった。 この問題は昭和46年(1971年)に宝塚市の歯科医が「児童の中に多数の斑状歯が見られる」と公表したことから再度クローズアップされ、市でも大きな問題となった。宝塚市はこの問題を調査するため「宝塚市フッ素問題研究協議会」を発足させている。この時以来宝塚市が毎月発行する「広報たからづか」に市内各地の水道のフッ素濃度が公表されるようになった。一連の調査の結果昭和49年(1974年)年に「宝塚市の斑状歯を巡る健康問題に関する答申書」が作られ、この中で「給水中の暫定管理基準フッ素濃度は0.4から0.5ppmを上限とする」と定められた。この基準を達成するために、フッ素含有量が少なく豊富な水量を有する別の水源が切実に求められていた。
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水道水中のフッ素と斑状歯問題
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「丸山ダム (兵庫県)」の記事における「水道水中のフッ素と斑状歯問題」の解説
西宮市北部と隣接の宝塚市では、昔から歯の表面が斑状に黒ずむ斑状歯が見られ、ほとんど風土病のように考えられていた。昭和24年(1949年)に実施された「フッ素に関する医学的研究」によって、「宝塚第一小学校と船坂小学校で斑状歯の罹患率が半数を上回った」と報告され、該当地区の飲料水中のフッ素濃度が高いことが原因と指摘された。この報告を受けて西宮市が井戸等のフッ素含有量を調査したところ、生瀬地区において「飲用に適さないフッ素濃度」とされる1.5ppmを超えたものが70%あった。この問題は昭和46年(1971年)に宝塚市の歯科医が「児童の中に多数の斑状歯が見られる」と公表したことから再度クローズアップされ、西宮市でも大きな問題となった。フッ素含有量の多い生瀬浄水場では、昭和46年から化学的にフッ素を取り除く作業を行っていた。この問題の抜本的な解決のために、フッ素含有量の少ない別の水源が求められていた。
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