森銑三説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 14:33 UTC 版)
森銑三は、浮世草子の中で西鶴作品として扱われているもののうち実際に西鶴が書いたのは『好色一代男』ただひとつであり、それ以外は西鶴が関与したに過ぎない作品、または西鶴に擬して書かれただけで関与もしていない作品だと主張した。古くは幸田露伴が『本朝桜陰比事』に、明治時代の国文学者である藤岡東圃が『万の文反古』に疑いを挟んでいるが、森は西鶴作品とされるもの総てを俎上に載せ、主に使用語句の検討から『好色一代男』以外を西鶴作品として認められないとしている[要出典]。 森が西鶴関与作品とするのは以下の21作品である。 『諸艶大鑑』 『大下馬』 『近代艶隠者』 『好色五人女』 『好色一代女』 『本朝二十不孝』 『男色大鑑』 『懐硯』 『武道伝来記』 『日本永代蔵』 『武家義理物語』 『新可笑記』 『本朝桜陰比事』 『胸算用』 『置土産』 『織留』 『俗つれづれ』 『万の文反古』 『名残の友』 『暦』 『人目玉鉾』 また定本西鶴全集収録のうち摸擬西鶴作品と考えるのは以下の作品である。 『椀久一世の物語』 『椀久二世の物語』 『色里三所世帯』 『武道伝来記』 『新吉原常々草』 『浮世栄華一代男』 『嵐無常物語』 21作品に共通する語句が『一代男』には見出されないことを端緒として疑いを持ち、それらの語句が西鶴門下の北条団水の作品である『昼夜用心記』や『日本新永代蔵』には次々と見出されることから、それらは団水が主に関わった作品であると考える[要出典]。この使用語句についての検討は『西鶴本叢考』の「諸艶大鑑用語句考」などに詳しいが、簡単にいえば関与作品には共通して衒学趣味があり、こなれぬ単語や流行語などを用いている[要出典]。その上で森は、文の質まで筆を進め、『一代男』は俳諧趣味に基づく詩趣のある清新溌剌な散文詩だと絶賛する一方、その余の作品は悪文・拙劣・月並・常套・ぎこちない・死んで居る・詩の精神を欠いた・粗雑・単なる散文・侮蔑癖・誇耀癖などと罵倒[要出典]。しかし、それらの作品の中でも光る部分については西鶴の手柄にしている。森はさらに作品の思想的部分にも触れ、関与作品の道徳的臭味の強さは『一代男』をもって道徳から隔絶した文学を創始した西鶴と矛盾するとも言う[要出典]。 森銑三説は近世文学研究者の間ではほとんど無視されており、『新編 西鶴全集』『決定版 対訳西鶴全集』でも採用されていない。 西鶴作品を7品詞および5種類の助動詞で主成分分析した結果、「西鶴本浮世草子と模擬西鶴作品を明確に区別することはできず、『好色一代男』だけを西鶴の作品とする森説は計量的には裏付けられない」との指摘があり、遺稿集についても『万の文反古』以外は西鶴によって執筆された可能性が高いとされるなど、統計学に基づく森説への反証が為されている。
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