新大久保駅乗客転落事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/31 14:46 UTC 版)
新大久保駅乗客転落事故 | |
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![]() 現場となった新大久保駅(2008年2月 撮影) | |
発生日 | 2001年(平成13年)1月26日 |
発生時刻 | 19時14分 ごろ (JST) |
国 |
![]() |
場所 | 新大久保駅 構内(新宿区) |
路線 | 山手線 |
運行者 | JR東日本 |
事故種類 | 人身事故 |
原因 | 泥酔客を救助しようとし、線路に進入 |
統計 | |
列車数 | 205系0番台 11両編成 (ATC搭載車) |
死者 | 3人(日本人2人、韓国人1人。いずれも駅利用者) |
新大久保駅乗客転落事故(しんおおくぼえきじょうきゃくてんらくじこ)は、2001年(平成13年)1月26日(金曜日)の19時14分頃に東日本旅客鉄道(JR東日本)山手線新大久保駅で発生した鉄道人身障害事故である。
事故概要
山手線新大久保駅で、泥酔した男性がプラットホームから線路に転落した[1]。その男性を救助しようとして、線路に飛び降りた日本人カメラマンと韓国人留学生が、折から進入してきた列車にはねられ、3人とも即死した[1][2]。
人命救助のために自らの命を投げ出したこの件は、日韓両国で大きく報道されるとともに、事故の犠牲者を追悼・顕彰するプレートが、新大久保駅のホームと改札の間の階段に設置された[3][4][5][6][7][8][9][10]。このプレートには日本語と韓国語で事故の経緯が記されている。その後、救出を試みた2人の遺族には内閣総理大臣森喜朗より書状が贈られ[11][12]、警察庁からは警察協力章が授与された[13]。
しかし、事故に遭ったカメラマンと暮らしていた母親は、国や市からの表彰について、近所の知人に対して「本当はそっとしておいてほしい」「息子が死んだことには変わりがない」と嘆き、事故から数年後に孤独死した[14]。
事故の翌年、天皇(現上皇)は死亡した韓国人留学生の両親を、皇居に招待して慰労した[15]。留学生の父親は後に奨学金財団を設立し、アジア出身の学生を援助した。2015年には日本国政府から旭日双光章が贈られた[16]。父親が2019年に死去した際、外務大臣河野太郎は弔意を表し、親子の遺志を受け継ぐよう努力すると述べた[17][18]。また2019年10月22日には、新大久保駅を訪問した大韓民国首相李洛淵が、追悼プレートにて献花を行っている[19]。
対策


この事故を受けて国土交通省は、列車の速度が高く、かつ本数の多い駅について「駅ホーム上に列車非常停止ボタンを設置、または転落検知マットを整備する」「プラットホーム床下に退避スペースを確保する」2点の対策を取るよう全国の鉄道事業者に指導した[20]。その結果、2006(平成18)年度末まで列車非常停止ボタンが全国の約1,700駅に設置された[21]。
新大久保駅では事故のあった年に、転落者が逃げ込めるようホーム下に避難スペースを設ける工事が行われた[22]。
2013年(平成25年)に、当駅にホームドアが設置された[23]。
この事故を題材とした作品
- 『あなたを忘れない』(2007年) - この事故を題材に創作された映画 [24]。
- 『横道世之介』(2009年) - 吉田修一の小説。主人公・世之介は日本人カメラマンがモデルになっている。
- 「STEP! 〜李秀賢(イ・スヒョン)26年の生涯に捧ぐ〜」 - 安全地帯の曲。アルバム『安全地帯XII』(2011年)収録。
- 『かけはし』(2017年) - ドキュメンタリー映画[25][26]。
- 『映像の世紀 バタフライエフェクト』(2023年) - 「危機の中の勇気」の冒頭で本事故が紹介された。
脚注
- ^ a b 「電車事故:ホームから転落、助けようとした計3人死亡 山手線」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月26日。オリジナルの2001年6月30日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「電車事故:JR新大久保駅で巻き添え死の2人の身元判明」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月27日。オリジナルの2001年8月21日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 국경 넘은 살신 - KBS NEWS(韓国放送公社) (KBSニュース9、2001年1月27日)
- ^ “살신성인 일본 유학생 이수현” (朝鮮語). MBCニュースデスク (文化放送). (2001年1月27日) 2022年9月1日閲覧。
- ^ 「電車事故:巻添死した2人の通夜営まれる 哀悼の電子メールも」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月28日。オリジナルの2001年6月11日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「電車事故:死亡した韓国人留学生の両親ら遺族3人が来日」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月28日。オリジナルの2001年11月18日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「電車事故:◯さんのHPに数百件の追悼メッセージ」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月28日。オリジナルの2001年4月29日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「電車事故:亡くなった◯さんの勇気 韓国でも連日報道」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月29日。オリジナルの2001年11月19日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「電車事故:◯さんの遺骨、故郷の韓国・釜山に父母と帰国」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月30日。オリジナルの2001年11月18日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「JR山手線 新大久保駅の転落事故から24年 遺族らが駅構内で追悼」『NHK NEWS WEB』日本放送協会、2025年1月26日。オリジナルの2025年3月31日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ “勇気ある行為を称える辞(森総理からの弔意)”. 首相官邸ホームページ (2001年1月29日). 2022年1月26日閲覧。
- ^ 「電車事故:亡くなった2人に森首相から「書状」」『毎日新聞』毎日新聞社、2001年1月29日。オリジナルの2002年2月3日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「救助しようとして死亡の女性に紅綬褒章」『NHK NEWS WEB』日本放送協会、2013年10月4日。オリジナルの2013年10月7日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「JR横浜線踏切事故:学ぶべきものは/神奈川」『神奈川新聞』2013年10月5日。オリジナルの2013年10月6日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「天皇夫妻、5年前の約束守る…李秀賢氏追悼映画試写会に出席」『中央日報』2007年1月26日。2022年1月26日閲覧。
- ^ 「日本で学ぶ留学生支援 息子の遺志継ぐ◯さんに叙勲」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2015年6月17日。オリジナルの2025年3月31日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 境田未緒「新大久保事故 留学生の父死去 日韓の懸け橋、親子をしのぶ」『東京新聞』2019年3月25日。オリジナルの2019年3月25日時点におけるアーカイブ。
- ^ “日李盛大LSHアジア奨学会名誉会長の逝去を受けた河野外務大臣による弔意メッセージの発出”. 外務省 (2019年3月22日). 2022年1月26日閲覧。
- ^ 「前回は取材記者、今回は祝賀使節 韓国・李洛淵首相「まれな縁、光栄」」『産経新聞』産業経済新聞社、2019年10月22日。オリジナルの2025年3月31日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 国土交通省鉄道局(監修). “魅力ある鉄道をめざして” (PDF). 鉄道・運輸機構. 2013年10月8日閲覧。
- ^ “駅での転落事故防止”. 共栄火災海上保険. 2022年9月1日閲覧。
- ^ 「ズームアップ/鉄道 新大久保駅退避所新設工事(東京都)--ホームの下に"逃げ場"を造る」『日経コンストラクション』第285号、日経BP、2001年8月10日、26-29頁。
- ^ “山手線新大久保駅可動式ホーム柵新設に伴う乗降場改良工事” (PDF). 交通建設. 2022年2月18日閲覧。
- ^ 「作品・上映情報:あなたを忘れない」『読売新聞』読売新聞社。オリジナルの2007年2月16日時点におけるアーカイブ。2025年3月31日閲覧。
- ^ 「「日韓の架け橋」は息子からの宿題…人助けで事故死した留学生の母、22年間の思いとは」『東京新聞』2023年2月5日。オリジナルの2023年2月5日時点におけるアーカイブ。2023年2月6日閲覧。
- ^ “ドキュメンタリー映画「かけはし」”. ドキュメンタリー映画『かけはし』公式WEBサイト. 2023年2月6日閲覧。
固有名詞の分類
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