文学史上の功績
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/11 09:49 UTC 版)
分析や推理を主題とした小説はポー以前にも存在し、例えばE.T.A.ホフマンの『スキュデリ嬢』(1819年)はときにポー以前の推理小説と言われることがあるが、推理小説・探偵小説(ポー自身は「推理物語(The tales of ratiocination)」と呼んでいた)の原型となったのは、「モルグ街の殺人」及びそれに続くポーの作品である。その筆名をポーから借りている江戸川乱歩は、もしポーが探偵小説を発明していなければ「恐らくドイルは生まれなかったであろう。随ってチェスタトンもなく、その後の優れた作家たちも探偵小説を書かなかったか、あるいは書いたとしても、例えばディケンズなどの系統のまったく形の違ったものになっていたであろう」と述べている。 「モルグ街の殺人」は、名探偵の人物像を初めとして、その後の推理小説におけるセオリーにあふれている。まずポーの創造した「天才的な探偵」は、アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズにそのまま踏襲されて以来、現在に至るまで受け継がれており、クロフツが地道な捜査を旨とする「平凡探偵」を打ち出して例外を作るまでには80年の時を要した。また名探偵の活躍を語る凡庸な人物というのも、シャーロック・ホームズに対するワトソンをはじめ、欠かせないものとなっている。名探偵の引き立て役として警察を愚鈍に描く、という約束事もこの作品にすでに現れている。そして「出発点の怪奇性」と「結末の意外性」という法則や、謎の解決のためのデータを真相開示までに読者に提示しておく「挑戦」の原則、密室を初めとする不可能犯罪とそれを可能とする「トリック」、推理を最終場面で一括して披露する形式、また作品全体に通底する衒学趣味など、いずれも「モルグ街の殺人」で描かれている。読者が「真犯人」を容疑者としてリストアップできないことや、「密室」の状況説明の不十分さなどが、現代の推理小説のルールからは外れているとの指摘もあるが、この作品を基に、ポーの死後、推理小説というジャンルが成立したのであるから、それは本末転倒の批判である。 「モルグ街の殺人」は発表当時、その新奇性から多くの賞賛を受けた。ペンシルベニアの『インクワイア』誌は当時「この作品はポー氏の才能を証し立てるものだ...その独創的な筆力と技術には並ぶところがない」と記している。しかし、ポー自身はフィリップ・ペンドルトン・クックへの書簡の中で、自分自身の達成を低く見積もっている。 これらの推理物語は、その人気の大半をそれが目新しい形式であるということに負っています。私はこれらに巧妙さがないと言いたいのではありません―しかし、読者はこれらの作品が実際にそうである以上に巧妙だと考えているのです―これらの作品の取っている手法と、その手法の見せかけのために。例えば「モルグ街の殺人」ですが、いったいこの中で絡み合った糸を解きほぐす手つきのどこに巧妙さがあるでしょうか...この糸は明白に、解きほぐされることを意識して絡み合わされているというのに?
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