戦争における馬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/25 20:33 UTC 版)
「軍馬」および「中世の戦争(英語版)」も参照 何世紀にもわたって軽騎兵(light cavalry)は戦争で使われていたが、中世の時代には重騎兵(heavy cavalry)、とくにヨーロッパの騎士が登場した。騎馬突撃陣形における重騎兵の用兵が最初にいつ発生したのか歴史家は特定していないが、その技術は12世紀中ごろまでには広範囲に及んでいた。重騎兵の運用そのものは戦争で一般的ではなかった。会戦は可能なかぎり避けられ、中世初期のほとんどの攻撃戦(英語版)は攻城戦や、素早い馬に乗った軽武装の戦士によるシュヴォシェ(フランス語: chevauchée、騎行)と呼ばれる機動力のある騎馬による襲撃の形式をとり、重い軍馬は安全な厩舎にいた。ときに会戦は不可避だったが、重騎兵に適した土地ではほとんど戦われなかった。馬に乗るのは依然として第一撃に有効だったものの、14世紀までには騎士は下馬して戦うのが一般的となった。馬は後方に送られ、追撃の準備を整えた。中世後期(おおよそ1300年 - 1550年)までには、おそらく歩兵戦術(英語版)の成功と兵器類(英語版)の変化のために、大規模な戦闘が一般的になった。しかしながら、そのような戦術が騎士を下馬したままにしたので軍馬の役割も変化した。17世紀までには中世のチャージャーは過去のものとなり、より軽量、非装甲の馬に置き換えられた。この期間を通して、軽騎兵(light horse)または「プリッカー(pricker)」が斥候と偵察のために使用され、行軍時の護衛も行なった。輓用の馬や牛(ox, oxen、オスの去勢牛)の大きなチームが重い初期のカノン砲を引くために用いられ、そのほかの馬が荷車(ワゴン)を引いて軍隊の物資を運んだ。
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