恋多き女とは? わかりやすく解説

恋多き女

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/19 06:00 UTC 版)

恋多き女(こいおおきおんな)


恋多き女

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/08 10:15 UTC 版)

ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ」の記事における「恋多き女」の解説

フランス領西インド諸島マルティニーク島生まれ祖父の代から母国離れたクレオール出身結婚前正式名は、マリー・ジョゼフ・ローズ・タシェ・ド・ラ・パジュリ(Marie Josèphe Rose Tascher de la Pagerie)だった。貴族の娘でエキゾチックな美貌持ち主だったが、大変な浪費家でもあった。生家貴族といって名ばかりであり困窮していた。 弱冠16歳1779年アレクサンドル・ド・ボアルネ子爵結婚一男ウジェーヌ一女オルタンスをなしたが、当初から夫婦仲悪く4年後の1783年離婚した。後にボアルネ子爵は、フランス革命中の1794年7月23日ギロチン処刑されてしまう。離婚後マルティニーク島実家戻っていたジョゼフィーヌも、島で多発する暴動に不安を感じてフランス戻ったが、元夫友人助命嘆願が罪に問われカルム監獄投獄されてしまう。獄中では、ルイ=ラザール・オッシュ将軍恋人同士となったと伝わる。しかし、ロベスピエール処刑されたことにより、同年8月3日釈放された。 その後、生活のために総裁政府ポール・バラス愛人となり、親友テレーズ・カバリュスジュリエット・レカミエと並ぶ社交界花形となって、「陽気な未亡人」と呼ばれたこのころ年下ナポレオン求婚を受け1796年結婚バラスが彼女に飽きてナポレオン押しつけたともいう。この結婚について長男ウジェーヌ反対長女オルタンス賛成だったと伝えられている。しかし、彼女はナポレオン無骨つまらない男見ており、次々と愛人作り浮気繰り返したそうしたこともあって、ナポレオンの母や兄弟姉妹たちとの折り合い悪かったイタリア遠征中にナポレオンが彼女にあてた熱烈な恋文有名だが、受け取った彼女はろくに読むことも返事書くこともなく、「ボナパルトって変な人ね」とその手紙を友人見せて笑いさそっていた。ナポレオンから何回戦場へ来るよう促されたが、ごまかして行こうとしない妻のそっけない態度ナポレオン幾度も絶望を抱く。それに気を揉んだ総裁政府命令で、彼女は渋々イタリアへ向かったナポレオンエジプト遠征中にジョゼフィーヌ美男騎兵大尉イッポリト・シャルルとの浮気知りその事を嘆く手紙フランス送ったが、手紙載せたフランス艦がイギリス拿捕され、手紙の内容新聞掲載されてしまう。大恥をかいたナポレオン離婚決意し、妻が戻る前に家から荷物叩き出してしまった。しかし、彼女の連れ子ウジェーヌオルタンス涙ながら嘆願と、ジョゼフィーヌへの愛から離婚思い止まったのだが、この直後ブリュメールのクーデタ成功に導くための要人対策に広い人脈があったジョゼフィーヌ一役買っている。 ジョゼフィーヌは、初め離婚騒動あたりから徐々にナポレオン真摯に愛するようになっていくが、反対にナポレオンジョゼフィーヌ対す熱烈な愛情冷めていき、他の女性達関心を持つようになっていった。

※この「恋多き女」の解説は、「ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ」の解説の一部です。
「恋多き女」を含む「ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ」の記事については、「ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ」の概要を参照ください。

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