徳川慶朝とは? わかりやすく解説

徳川慶朝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/10 14:49 UTC 版)

德川 慶朝
本名 德川 慶朝
国籍 日本
出身地 静岡県
生年月日 (1950-02-01) 1950年2月1日
没年月日 (2017-09-25) 2017年9月25日(67歳没)
言語 日本語
最終学歴 成城大学経済学部
活動時期 1972年 - 2017年
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徳川 慶朝(とくがわ よしとも、旧字体德川慶朝1950年昭和25年)2月1日 - 2017年平成29年)9月25日[1])は、日本写真家江戸幕府第15代将軍徳川慶喜の曾孫で、旧公爵徳川慶喜家第4代当主。母方を通じて松平容保の曾孫でもある。

曾祖父・慶喜が「けいき」、祖父・慶久が「けいきゅう」、父・慶光が「けいこう」と音読みされていたことにあやかって、「けいちょう」というニックネームで呼ばれていた。

経歴

1950年(昭和25年)、元公爵徳川慶喜家第3代当主・徳川慶光を父として、会津松平家出身の徳川和子を母として静岡市郊外の瀬名に生まれ、生後1〜2か月で東京都港区高輪に転居。

伯母は昭和天皇の弟・高松宮宣仁親王の妃である喜久子。幼少時はよく宮邸に呼ばれ、可愛がられたという。

1972年(昭和47年)に成城大学経済学部を卒業し[2]カメラマンとして本田技研工業グループ傘下の広告制作会社東京グラフィックデザイナーズに20年間勤務し、広告写真の分野で活躍。独立後はフリーの写真家として主に徳川家伝来の遺跡や歴史的建造物を中心に撮影していた。東京グラフィックデザイナーズのカメラマンとして勤務していた頃は主に自動車バイクなどを撮影していたが、フリーで活動を開始してからは徳川慶喜家に秘蔵していた写真を再発見し、修正から保存・整理も行っていたことでも知られる。この中には慶喜自身が撮影した写真も含まれているという。

1972年(昭和47年)9月から東京都町田市すずかけ台に住んでいたが[3]、晩年は水戸徳川家ゆかりの茨城県ひたちなか市に居住した[1]

昭和50年代に結婚歴があり、元妻との間に2男1女をもうけたが、次男は母の実家(長岡家)を継ぐため妻の父(長岡祥三[4])の養子とされ、さらに離婚時に元妻が3人とも引き取り、みな徳川姓ではない(民法法定相続人ではある)。慶朝は離婚後は独身で通し、養子を取らないことを明言していた[5]。ただし姪の山岸美喜に德川慶喜家の5代目を託している。このため慶朝の死去によって徳川慶喜家の男系子孫の継続は断絶したが、慶喜の直系子孫自体は存続している。

  • 長男:長岡慶敬(1981年7月29日生[6]
  • 長女:長岡敦子(1984年4月3日生[6]
  • 次男:長岡慶弘(長岡祥三養子[6]

慶朝はコーヒー好きで、徳川慶喜もコーヒーを愛飲していた。2003年(平成15年)、江戸幕末のフランス風コーヒーを再現し、自ら焙煎し"将軍珈琲"の名で販売。10年にわたり焙煎の職人として、サザコーヒーで活躍した[7]

静岡文化芸術大学非常勤講師を務めた。

を患っていたと言われるが[8]、2017年(平成29年)9月25日午前5時12分、心筋梗塞により茨城県水戸市の病院で死去[1][9][10]。67歳没。

系譜

徳川慶朝 父:
徳川慶光
祖父:
徳川慶久
曾祖父:
徳川慶喜
曾祖母:
新村信
祖母:
實枝子女王
曾祖父:
威仁親王有栖川宮
曾祖母:
慰子
母:
徳川和子
祖父:
松平保男
曾祖父:
松平容保
曾祖母:
田代佐久
祖母:
松平進子
曾祖父:
水野忠敬
曾祖母:
松平鍈子

著作

エッセイ

  • 「今どきの德川慶喜家」(『国立劇場十月歌舞伎公演』所収)  独立行政法人日本芸術文化振興会2010年
  • 「想い出の食卓 焼いた牛骨と玉ねぎ、トマト、果物、ワイン…3週間かけて作ったビーフシチューを母と」(『月刊新松戸』419号所収) 新松戸編集室、2014年5月

出典

  1. ^ a b c 【茨城新聞】徳川慶朝さん死去 67歳 写真家、将軍慶喜のひ孫”. 茨城新聞クロスアイ (2017年9月26日). 2025年2月1日閲覧。
  2. ^ 本田靖春『現代家系論』p.204(文藝春秋社1973年
  3. ^ 本田靖春『現代家系論』p.201(文藝春秋社1973年
  4. ^ 1926年-2008年。熊本藩細川氏の一族長岡護孝(護美養子)の婿養子となり長岡家を相続。アーネスト・サトウなどの幕末明治期の英文史料の翻訳を多く行う。
  5. ^ 高松宮妃喜久子『菊と葵のものがたり』中央公論社
  6. ^ a b c 『平成新修旧華族家系大成 下』p156
  7. ^ 将軍珈琲”. SAZACOFFEE サザコーヒー ちょっと贅沢なコーヒー。. 2025年2月1日閲覧。
  8. ^ 『お殿様は「今」』加藤明著、洋泉社ISBN 978-4800309235
  9. ^ 徳川慶喜のひ孫、写真家の徳川慶朝さん死去 67歳”. 朝日新聞デジタル (2017年9月26日). 2017年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年2月1日閲覧。
  10. ^ 写真家・徳川慶朝さん死去 15代将軍慶喜のひ孫”. 西日本新聞ニュース (2017年9月27日). 2021年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年2月1日閲覧。

関連項目





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