平山洋とは? わかりやすく解説

平山洋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/29 07:15 UTC 版)

平山 洋
(ひらやま よう)
誕生 1961年9月(63歳)
神奈川県藤沢市
職業 大学教員
国籍 日本
教育 東北大学博士(文学)1995年
最終学歴 東北大学大学院文学研究科博士課程修了
活動期間 1989年 -
ジャンル 日本思想史
主題 大西祝西田幾多郎福澤諭吉
代表作 福沢諭吉の真実』(2004年
福澤諭吉』(2008年
アジア独立論者 福沢諭吉』(2012年
デビュー作 大西祝とその時代』(1989年
子供 息子2人
公式サイト blechmusik.xii.jp/d/hirayama/
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平山 洋(ひらやま よう、1961年昭和36年〉9月 - )は、日本哲学者歴史学者倫理学日本思想史学)。学位は、博士(文学)東北大学1995年)。静岡県立大学国際関係学部助教。

静岡県立大学国際関係学部助手などを歴任。

経歴

神奈川県藤沢市出身。水産学者の家に生まれ、1980年(昭和55年)神奈川県立湘南高等学校卒業。1986年(昭和61年)慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻卒業、1992年(平成4年)東北大学大学院文学研究科博士課程満期退学日本思想史学専攻)。1992年静岡県立大学国際関係学部助手、2007年助教。1995年「西田「前期」哲学の研究」で東北大学より博士(文学)の学位を取得。1996年(平成8年)ハーバード大学ライシャワー日本学研究所客員研究員。

専門は、近代日本の思想。当初は大西祝を研究。大学院博士課程で西田幾多郎を研究対象とし、1995年に「西田「前期」哲学の研究」で博士号を取得。福澤諭吉については、慶應義塾大学小泉仰の下で指導を受けていたが、本格的な研究を開始したのは1996年からである。

安川・平山論争

2001年4月21日朝日新聞に掲載された安川寿之輔の論説「福沢諭吉 アジア蔑視広めた思想家」に、反論「福沢諭吉 アジアを蔑視していたか」(5月12日付同紙)を掲載したことで、「安川・平山論争」が始まった[1]

5月21日に安川は慶應義塾大学で講演をおこない、講演資料で「福沢論争 批判は事実に基づいて」という再反論を掲載した。この資料に対して、5月30日に平山は再々反論を行った。さらに、5月30日から6月26日の間に、安川と平山との間で往復で3回の意見交換が書簡で行われた[2]

『福沢諭吉の真実』の出版

その後2003年(平成15年)4月までに『福沢諭吉の真実』の原型を完成させた。この原型は西川俊作の推薦により、出版の日の目を見ることになった。この原型は新書で出版するためにページ数を3分の2にまで減らしたため、無署名論説(社説)の起筆者の推定に関する部分は割愛された。

この本は、今までの研究のすべてが依拠していた岩波書店刊行の『福沢諭吉全集』(1964年(昭和39年)完結)の編纂が、そもそもでたらめであるという認識を出発点としている。すなわち平山によれば、現在の福沢像とは、全集編纂者にして『福沢諭吉伝』(1932年(昭和7年))の著者でもあった弟子の石河幹明が、自分で執筆した新聞『時事新報』の無署名論説(社説)を、『福沢全集』(1926年(大正15年)完結)と『続福沢全集』(1934年(昭和9年)完結)に収めたことで虚構された「アジア蔑視者にして朝鮮領有や中国分割を目論んだ思想家」福沢諭吉なのである。

第2次世界大戦後の福沢批判者が依拠している、侵略的絶対主義者福沢諭吉とは、実は石河幹明自身のことにすぎない、と平山は主張する。平山の主張によれば、現行版『福沢諭吉全集』に収録されている『時事新報』掲載の無署名論説でアジア蔑視表現を含むものは、すべて石河が執筆したものであり、そこに福沢は関与していなかったことになる。しかし、平山は「『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』の逐語的註」において、「関係がある証明は可能だが、無関与の証明などできないのである」と説明している[3]ように、石河が関与したことは文章に含まれる語彙や言い回しなどの特徴で証明することは可能だが、そこに福沢が関与していなかったことを証明するのは難しいと考えられる[誰によって?]

著作

詳細は平山洋研究業績一覧を参照。

単著

  • 『大西祝とその時代』日本図書センター、1989年7月。ISBN 4-8205-4002-5 
  • 『西田哲学の再構築 その成立過程と比較思想』ミネルヴァ書房〈Minerva21世紀ライブラリー 36〉、1997年5月15日。 ISBN 4-623-02735-X 
  • 『福沢諭吉の真実』文藝春秋〈文春新書394〉、2004年8月20日。 ISBN 4-16-660394-9 
  • 『福澤諭吉 文明の政治には六つの要訣あり』ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選〉、2008年5月10日。 ISBN 978-4-623-05166-3 
  • 『諭吉の流儀 『福翁自伝』を読む』PHP研究所、2009年5月。 ISBN 978-4-569-70941-3 ASIN 4569709419
  • 『アジア独立論者 福沢諭吉 脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって』ミネルヴァ書房〈シリーズ・人と文化の探究 8〉、2012年7月20日。 ISBN 978-4-623-06346-8 
  • 『「福沢諭吉」とは誰か 先祖考から社説真偽判定まで』ミネルヴァ書房〈MINERVA歴史・文化ライブラリー 32〉、2017年11月30日。 ISBN 978-4-623-08069-4 
  • 『時事新報社主福沢諭吉 社説起草者判定による論客の真実』法律文化社、2022年11月10日。 ISBN 978-4-589-04237-8 

共編訳書

論文

平山の公式サイトで全文が公開されているものを挙げる。

インタビュー

脚注

関連文献

外部リンク


平山洋(静岡県立大学国際関係学部助教)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/14 03:48 UTC 版)

亜細亜諸国との和戦は我栄辱に関するなきの説」の記事における「平山洋(静岡県立大学国際関係学部助教)」の解説

静岡県立大学国際関係学部助教の平山洋は、本社説が「大陸進出する欧米諸国との戦争になる」と注意している点に着目し1875年新聞掲載後「ちょうど七〇年後の昭和二〇年(一九四五八月へと至る、日本行く末への一種予言、とも読める興味深い論説」であると評価している。平山によると、「アジアへの軍事的進出は、必ずや日本西洋諸国との戦争引き起こすであろう、というこの予想は、二〇世紀入って現実となったのである。さらに福澤創刊し新聞時事新報』の論調創刊当時から対清国・対朝鮮強硬論だったと考えられていることが多いが、それは間違いであり、平山が『福沢諭吉の真実』で明らかにたように時事新報社在籍した弟子石河幹明が『福澤諭吉伝』で作り上げたイメージにすぎない説明した。そして本社説を例に取り上げてアジア諸国ことを構えるのは西洋との関係に悪い影響与えるので避けるべきだ、と諭吉考えていた と説明している。

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