岡田卓也 (経営者)とは? わかりやすく解説

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岡田卓也 (経営者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/14 15:51 UTC 版)

岡田 卓也(おかだ たくや、1925年大正14年〉9月19日 - )は、日本実業家イオングループ名誉会長四日市岡田家の7代目当主である。イオングループを子会社約300社、連結売上高9兆5,535億円、従業員数約56万人(2016年2月期)という日本の小売業を代表する企業に育て上げた。

来歴

三重県四日市市の老舗呉服商・岡田屋6代目の岡田惣一郎の長男(1男4女の末子で4人の姉がいる)として、1925年(大正14年)9月19日に四日市市(中部地区)に生まれた[1]。誕生後に卓也は捨て子の風習で三滝川の橋に捨てられた[2]占い師姓名判断により、戦死しにくいという「卓也」と命名された[3]。父親は2歳の時に病死した。

旧制・三重県立富田中学校(三重県立四日市高等学校)を卒業した。在学中は野球部に所属していた。第37回全国高等学校野球選手権大会で母校四日市高校(旧制富田中学)を優勝させた監督の水谷貞雄(富田中学時代の投手)とは卓也が捕手としてバッテリーを組んでいた[4]

早稲田大学高等学院を経て、早稲田大学商学部在学中に学徒出陣大日本帝国陸軍に入隊し、和歌山県にある橘部隊に配属される[5]。軍隊内では(当時日常的におこなわれていた)鉄拳制裁の暴力を受けた[6]1945年昭和20年)には、次姉の千鶴子が卓也の行く末を案じて、茨城県鹿島町の陸軍基地まで面会に来ている[7]8月日本の敗戦により卓也は9月21日に四日市に復員し[8]、岡田屋の復興に取り組む。それまで一度も入室したことのなかった一つの蔵に入り、手文庫を開くと父・惣一郎の早稲田大学在学中の日記や、惣一郎が16歳の時の東海道徒歩旅行記が残されていた。これらを読んで父と精神的に再会し、岡田屋再建の決意を新たにしたという[要出典]

12月に40坪の呉服店を改装して、1946年(昭和21年)3月に開店。6月には岡田屋呉服店を株式会社岡田屋に改組・改称し、復学した早稲田大学に在籍中の身で社長・岡田家の当主(代表取締役)となる[9]。卓也は赤い自転車に乗って四日市市内外で岡田屋の名前を宣伝、庶民的な印象と安値販売で顧客を拡大した[要出典]

1948年(昭和23年)3月に早稲田大学商学部を卒業した[10]1949年(昭和24年)12月に、姉の千鶴子と相談して店舗を辻の中町通りから諏訪新道に移転、以降岡田屋の店舗を拡大して、総合スーパーとして売り上げを急増させた[11]

1950年(昭和25年)に三重郡菰野町の地主である高田家の娘(3人姉妹)で金城学院大学在学中の女性と結婚した[12]

1966年(昭和41年)には、東レサークルの会長に就任している[13]

1969年(昭和44年)、オカダヤ(岡田屋)と、兵庫県姫路市を拠点とするフタギ大阪府吹田市を拠点とするシロの3社の提携・合併により誕生した総合スーパージャスコの初代社長に就任した。全国的な経営をする必要から大阪に移住して、多くの小売会社を合併し 、現在のイオングループの基礎を作った[14]。卓也は2017年平成29年)のインタビューで「企業の歴史は合併の歴史だ」と述べている[15]

この頃(1960年代)、高度経済成長による社会発展に伴い、全国各地で公害による被害が相次ぎ、出身地の四日市市でも公害病四日市ぜんそく)が発生し、社会問題となった。この事を受けて、環境問題に対して積極的に取り組むようになり、イオン環境財団(1990年設立)の発足や2023年現在でも継続しているイオングループ全体での植樹活動開始の契機となった[16]

1985年(昭和60年)1月16日、全米小売業者協会(NRMA)の国際小売業者賞を受賞[17]

1989年(平成元年)9月にグループ名称をジャスコグループからイオングループに変更した。ジャスコは平和産業・人間産業・地域産業であり続けることを基本理念として、革新を続ける流通企業グループを目標としていた。「大企業病」を避けるには、岡田屋以来の「大黒柱に車をつけよ」という革新力が大切と2017年のインタビューで述べている[15]。同年4月7日にはブラジル地方自治研究協会からグランクルース賞、コメンダ賞、騎士賞の3勲章を[17]、同年10月17日には、大英勲章をそれぞれ受章[18]

1990年代大相撲横綱貴乃花の東京後援会長を務めた[19]

1999年(平成11年)1月18日、早稲田大学名誉賛助員となる。

2000年(平成12年)5月、イオングループの会長職を退任した。会社経営の一線からは退いており、イオン環境財団理事長として植樹などに取り組んでいる。

2023年(令和5年)春の叙勲において旭日大綬章を受章した[20]

親族

イオン取締役兼代表執行役社長の岡田元也は長男であり、衆議院議員である岡田克也は次男、2010年(平成22年)より東京新聞政治部部長を務めている高田昌也は高田家の跡継ぎとして養子となり改名した三男である。ジャスコで取締役として活動した小嶋千鶴子は姉。

称号(名誉博士号・理事)

栄典

著書

脚注

出典

  1. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)206ページ。
  2. ^ 榊原、2004年、94頁
  3. ^ 榊原、2004年、95頁
  4. ^ やまがたコミュニティ新聞ONLINE(2010年10月8日)
  5. ^ Profile”. 2022年3月2日閲覧。
  6. ^ 榊原、2004年、108頁
  7. ^ 榊原、2004年、110頁
  8. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)209ページ。
  9. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)210ページ。
  10. ^ 榊原、2004年、112頁
  11. ^ 志水、2009年、76 - 77頁
  12. ^ 榊原、2004年、113頁
  13. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)217ページ。
  14. ^ 榊原、2004年、116頁
  15. ^ a b 「イオン名誉会長相談役 岡田卓也さん(91)-特別編-」中日新聞(2017年2月23日)
  16. ^ 蒋豊 (2017年10月23日). “中日で共に環境問題に取り組み理解し合う”. 人民日報海外版日本月刊. 2023年8月12日閲覧。
  17. ^ a b 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)226ページ。
  18. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)227ページ。
  19. ^ 岡田卓也『小売業の繁栄は平和の象徴 私の履歴書』日本経済新聞出版社 <日経文芸文庫>、2013年[要ページ番号]
  20. ^ 令和5年春の叙勲受章者名簿 大綬章受章者 - 内閣府 (PDF)
  21. ^ 『イオンの歴史 2020〔2000~2018〕』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)700頁。
  22. ^ 名誉理事 - 流通科学大学”. www.umds.ac.jp. 2022年5月27日閲覧。
  23. ^ [1]聯合ニュース,2009年2月24日
  24. ^ 『イオンの歴史 2020〔2000~2018〕』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)707頁。
  25. ^ 中日新聞朝刊(2009年5月3日付)
  26. ^ ことしの「春の叙勲」4009人が受章”. NHK (2023年4月29日). 2023年4月29日閲覧。
  27. ^ 『官報』号外第93号、令和5年5月1日
  28. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)224ページ。
  29. ^ 『「ジャスコ三十年史」の要約』(2020年6月30日、イオン株式会社発行)230ページ。

参考文献

  • 榊原夏『岡田克也、父と子の野望』扶桑社、2004年
  • 志水雅明『四日市の礎111人のドラマとその横顔』(四日市市制111周年記念出版)四日市市文化協会、2009年

関連項目

先代
創設
ジャスコ(現:イオン)社長
初代:1970年 - 1984年
次代
二木英徳
先代
中内㓛
日本チェーンストア協会会長
第2代:1976年 - 1978年
次代
伊藤雅俊
先代
市原晃
日本小売業協会会長
第4代:1995年 - 2000年
次代
小柴和正



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