大相撲・日本出身力士の不振とは? わかりやすく解説

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大相撲・日本出身力士の不振

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 17:06 UTC 版)

ウィンブルドン現象」の記事における「大相撲・日本出身力士の不振」の解説

日本国技と言われている大相撲では、現在モンゴル国ポリネシア東欧など世界各地から才能のある選手集まり相撲内容多彩になった。しかし、それと同時に地元ある日本出身の力士が、現在に至るまで長期間活躍出来ていないという様子が、ウィンブルドン現象例えられる場合がある。 幕内最高優勝では、2006年1月場所の栃東大裕3回目優勝以降は、2016年1月場所の琴奨菊和弘初優勝まで丁度10年間にわたり、日本出身力士幕内優勝一人も出なかった(ただし2012年5月場所、モンゴル出身日本国籍取得済の旭天鵬勝平幕優勝)。また2003年1月場所限り貴乃花光司現役引退してから2017年3月場所に稀勢の里寛横綱になるまで、14年間も日本出身横綱存在していなかった。さらに日本出身横綱1998年5月場所後の若乃花勝から前述稀勢の里までに19年誕生せず(ただしハワイ出身日本国籍取得済の武蔵丸光洋1999年5月場所後に第67横綱昇進)、2019年1月場所限り稀勢の里現役引退して以降は再び日本出身横綱不在となっている(ただしモンゴル出身の第69横綱白鵬翔2019年9月場所前に日本国籍取得、それに同じくモンゴル出身の第71横綱鶴竜力三郎2021年1月場所前に日本国籍取得続いて同じくモンゴル出身の第73横綱照ノ富士春雄横綱昇進直後2021年9月場所前に日本国籍取得)。また日本出身横綱同士対戦となると1991年7月場所の北勝海信芳旭富士正也取組最後に30年以上も実現しておらず、日本国籍横綱同士対戦ですら2002年9月場所の貴乃花武蔵丸対戦最後である。 そして大関上の地位では、霧島一博関脇陥落により1993年1月場所で小錦八十吉曙太郎2人とも大関)、魁皇博之現役引退により2011年9月場所で白鵬翔横綱)・琴欧洲勝紀日馬富士公平把瑠都凱斗(3人共大関)と、日本出身力士一人もいない事態となってしまう。しかし翌場所の1993年3月場所貴ノ花光司(のち貴乃花)が、また2011年11月場所で琴奨菊和弘新大関になったことにより、現在日本出力士大関上の不在合計2場所である。

※この「大相撲・日本出身力士の不振」の解説は、「ウィンブルドン現象」の解説の一部です。
「大相撲・日本出身力士の不振」を含む「ウィンブルドン現象」の記事については、「ウィンブルドン現象」の概要を参照ください。

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