大正後期から昭和初期 ─挿絵の円熟と夜華異相画房とは? わかりやすく解説

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大正後期から昭和初期 ─挿絵の円熟と夜華異相画房

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/01 01:22 UTC 版)

橘小夢」の記事における「大正後期から昭和初期 ─挿絵の円熟と夜華異相画房」の解説

大正後期から昭和初期にかけて出版業界刷新好況を受け、小夢も『婦人』(大阪朝日新聞社)、『文学倶楽部』(博文館)、『週刊朝日』(朝日新聞社)などの挿絵を描く。また、矢田挿雲見込まれ、挿作品単行本化される際には、その度小夢挿絵起用された。小夢挿絵怪奇ミステリー伝奇幽霊譚といった話に起用されることが多く、また民俗学者藤沢衛彦著書主催する雑誌挿絵添えている。小夢伝奇幽霊譚等をテーマとするのは、幼少期のの神社預けられ体験影響しているとする意見がある。大正末期には、細長くデフォルメされた狐顔女性流麗な曲線で描く「小夢式」が完成する昭和3年1928年鍋島直映小夢作品を買い、小夢は直映に絵を教えはじめた小夢大正12年1924年三栄社から版画出版していたが、それに飽きたらなかったのか昭和7年1932年)から自宅アトリエ「夜異相画房(やかいそうがぼう)」を版元新版画自費出版している。ところが、その第一回目の「水魔」が発禁処分受けてしまう。その背景には、軍国主義が強まる当時の世相と、妖美溢れ小夢画風が相容れなかったことが考えられるその後出版され版画は、当局の眼を意識して小夢にしてはおとなしいが、その代表作には小夢個性を見ることが出来る。また昭和9年1934年)には『橘小夢版画選』のうち「お蝶夫人」、「ヤヨヒ・ひばり」などを山岸主計彫りによって私家版出版している。

※この「大正後期から昭和初期 ─挿絵の円熟と夜華異相画房」の解説は、「橘小夢」の解説の一部です。
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