基質の競合と共生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 22:34 UTC 版)
メタン生成菌がメタン生成基質として利用する水素と酢酸は自然環境における基質として非常に重要である。そのため、嫌気環境においては幾つかの細菌とメタン生成菌は競合関係にある。また、低級脂肪酸を分解して酢酸を生成する細菌と共生しているケースもあり、この点で古細菌といえども高度好塩菌や好熱性古細菌とは異なっている。 水素は嫌気性細菌の有機酸を電子供与体とした脱水素反応の産物である。またヒドロゲノソームを有する、カビや原生動物などからも水素は発生する。深海熱水孔などからも地球科学的に水素は発生しているが、そのような特殊環境を除けば嫌気的な環境からは水素が発生していると考えてよい。酢酸は、上に述べたように低級脂肪酸からの分解を含む発酵の最終段階の反応であり、発酵で得られるエネルギーとしては最も多い(グルコースから発酵が進んだ場合、pH 7 においてモルあたりΔG0' = −946 kJ/mol)。 水素と酢酸を利用する他の生物としては、二価鉄を電子受容体として生育する鉄細菌、硫酸イオンを電子受容体として生育する硫酸還元菌(硫酸塩呼吸)、そして水素と炭酸塩から酢酸を生成する酢酸生成菌がいる。モルあたりのエネルギー獲得量をそれぞれ以下に記す。 鉄細菌水素を電子供与体とした時:ΔG0’ = −914 kJ/mol 酢酸の時:ΔG0’ = −809 kJ/mol 硫酸還元菌水素の場合:ΔG0’ = −152 kJ/mol 酢酸の場合:ΔG0’ = −47 kJ/mol メタン生成菌水素の場合:ΔG0’ = −135 kJ/mol 酢酸の場合:ΔG0’ = −31 kJ/mol したがって、効率は鉄細菌が特に優れており、電子受容体として鉄が存在する場合は鉄細菌が優占する。同様に硫酸イオンが存在する場合は硫酸還元菌が優占する。鉄も硫酸イオンも無い環境で、水素が豊富な環境で初めてメタン生成菌が増殖可能となる。ただし、細菌類、原虫とメタン生成菌が共生する場合はこの限りでない。 共生の場合は嫌気条件下における嫌気性細菌の有機酸分解の効率が低いことを考える。例えば低級脂肪酸を嫌気的に分解すると以下の反応式となる。 CH 3 CH 2 CH 2 COO − + 2 H 2 O ⟶ 2 HC 3 COO − + H + + 2 H 2 {\displaystyle {\ce {CH3CH2CH2COO^-\ + 2H2O -> 2HC3COO^-\ + H^+\ + 2H2}}} この反応の標準自由エネルギー変化は ΔG0’ = +48.3 kJ/mol と吸エルゴン反応であり、酢酸や水素の濃度を下げない限りは起こりえない反応である。そこで、メタン生成菌の以下の反応により上記の反応を進行させる。 4 H 2 + HCO 3 − + H + ⟶ CH 4 + 3 H 2 O {\displaystyle {\ce {4H2\ + HCO3^-\ + H^+ -> CH4\ + 3H2O}}} (ΔG0’ = −135 kJ/mol)(水素資化) CH 3 COO − + H 2 O ⟶ CH 4 + HCO 3 − {\displaystyle {\ce {CH3COO^-\ + H2O -> CH4\ + HCO3^-}}} (ΔG0’ = −31 kJ/mol) メタン生成菌の水素資化の式と上記の脂肪酸分解の式とをまとめると、以下のようになる。 2 CH 3 CH 2 CH 2 COO − + 2 H 2 O + CO 2 ⟶ 4 CH 3 COO − + 2 H + + CH 4 {\displaystyle {\ce {2CH3CH2CH2COO^-\ + 2H2O\ + CO2 -> 4CH3COO^-\ + 2H^+\ + CH4}}} この式の標準自由エネルギー変化を求めると、まず脂肪酸分解の +48.3 kJ/mol は2モル分で +96.6 kJ/mol、そこへ水素資化の −135 kJ/mol を合わせ、ΔG0’ = −38.4 kJ/mol となる。ゆえに発エルゴン反応となり、共生関係が成り立つ。
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