四日市公害裁判とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 四日市公害裁判の意味・解説 

四日市公害裁判

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 14:44 UTC 版)

前川辰男」の記事における「四日市公害裁判」の解説

九鬼喜久男四日市市長は、四日市市議会での答弁で、「石油化学理由公害ならない」や「四日市ぜんそく一般的な病気である」と発言した塩浜地区民の数回に及ぶ猛抗議にもかかわらず四日市コンビナート企業四日市ぜんそくとの関連否定して公害による加害行為なないとした1967年昭和42年9月1日弁護団は「死者まで出した公害が、法治国家許されてよいはずはない」。原告患者は「企業へも、行政にも、いくら頼んでも、無責任認めないあとは裁判しかない」と、四日市コンビナート6社を相手取って公害訴訟起こすことを決意した訴状津地方裁判所四日市支部へ、北村利弥弁護団長らの手提出された。四日市ぜんそく訴訟支援するため、革新団体などによって「四日市公害訴訟支持する会」がつくられ中心となった四日市市職員労組書記局事務局置いた原告患者の「四日市公害訴訟弁護団」は、東海労働弁護団メンバー中心にして56人が代理人として参加した1966年昭和41年)夏に、公害対策協議会メンバー日本社会党市議前川辰男知人野呂弁護士相談をして、四日市コンビナート企業全て原告にするのではなくて加害行為明確な企業に絞るべきとの助言があり、名古屋市東海弁護団担当する事となった。4カ月後、慰謝料請求求め訴状原案完成した被告昭和四日市石油石原産業中部電力三菱油化三菱モンサント三菱化成の6社と決定した。しかし、肝心原告塩浜地区民の名前がなかった。「企業弓を引くのが怖い」と患者四日市コンビナート企業財力恐れたからだ。野呂弁護士何回塩浜病院四日市ぜんそく入院患者説得するために足を運んだ塩浜病院医師も「もう治らないこのまま裁判せず無念に死んでよいのか」と説得した結局コンビナート企業と関係がない9人の入院患者原告決まった

※この「四日市公害裁判」の解説は、「前川辰男」の解説の一部です。
「四日市公害裁判」を含む「前川辰男」の記事については、「前川辰男」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「四日市公害裁判」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「四日市公害裁判」の関連用語

四日市公害裁判のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



四日市公害裁判のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの前川辰男 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS