吸入麻酔薬の問題点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/27 08:36 UTC 版)
麻酔余剰ガス 麻酔器のAPL弁(Adjustable Pressure Limit Valve)より流出するガスを余剰ガスと総称するが、揮発性麻酔ガスを使用する全身麻酔を行った場合、その排泄機構が十分であったとしても、導入時のマスク換気下に亜酸化窒素、揮発性麻酔ガスを使用すれば人体曝露は避けられない。また、亜酸化窒素は二酸化炭素を上回る赤外線保持能力を有し、地球温暖化への影響がある。 日本では、吸入麻酔薬による全身麻酔の歴史が長く、現在でも多数の施設で日常的に行われている。人体曝露による影響について好ましくないと多くの手術室勤務者が認識しているにもかかわらず、積極的な改善策が講じられてきていないのが現状である。 余剰ガスが及ぼす人体への影響については、現在でも明確ではない。これは、その調査がアンケートによってしか行われていないためであり、そのデータが必ずしも正確ではないためである。動物実験から得られる結果が、そのまま人体への影響とはならないため、結果に相違が生じるのである。しかしながら、この重大事に対して研究、調査は進行してきている。 人体への影響 産科的問題 1967年のVaismanらの調査では、約300名の麻酔科医のうち、その80%以上で頭痛、睡眠障害を訴えた。また31例の妊娠中18例という高率で流産をきたしたという。以来、多くの調査が行われてきているが、最も代表的なものは、米国麻酔科学会特別委員会の報告である。この調査の中で、49,585名の手術室勤務者と対照の23,911名の医療従事者とでアンケート調査が行われた。この調査では、初期妊娠時に余剰ガスに曝露された女性の麻酔科医や手術室勤務の看護師では、それぞれ対照に比べ、流産の危険が1.3~2.0倍に増大することが示された。以後も知見を見出すための努力は続けられているが、その研究過程にバイアスが多く、この調査を支持する結果は得られていない。 精神反応的問題 高濃度の麻酔ガスを吸入することで脳波は徐派を示すことから、人間の思考回路に影響を与えることは確実である、それは例えば「眠い」「だるい」といった状態を促し、判断力や思考速度の低下をきたすことは容易に想像できる。では、低濃度の曝露をうける医療従事者においてはどうであろうか。40名のボランティアで、500ppmの亜酸化窒素、15ppmのハロタンを4時間吸入し、視聴覚の反応性を観察した研究がある。この結果、反応性は低下することが示された。また、この筆者はその後も研究を続け、より低濃度の吸入麻酔ガスでも同様の結果となると結論づけた。一方で、麻酔科医、手術室看護師を対象とした研究では、反応性や目的に対する遂行能力は低下しないとする報告もある。このことから低濃度の麻酔ガスでは、これら人間の能力は低下しない可能性と、長期曝露下では耐性が生じる可能性の2通りの解釈が得られる。 これらの問題点を持たない全身麻酔の方法として、'完全静脈麻酔' (TIVA) がある。
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