君主制・貴族制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 14:02 UTC 版)
「カール・ハプスブルク=ロートリンゲン」の記事における「君主制・貴族制」の解説
カールは「皇帝とはなりたくてなるものではない」として、もしハプスブルク君主国が存続していたなら得られなかったであろう自由を今日享受できていることに対する喜びを表明している。一方で、帝位・王位請求者としての直接的な言及は避けているものの、「君主制は時代遅れではない」との考えも持っており、将来的にはオーストリアなどにおける政体の変化もありうるという見解をしばしば述べている。 私は十分に現実主義者であるつもりです。しかし、こんな風に言わせてください。イギリス連合王国のなかに共和国を求めるのは、スイスのなかに王国を求めるように、馬鹿げたことです。しかし、オーストリアでは――どうでしょう? それは、未解決の問題です。 — 君主制復活への希望をなお抱いているかと質問されて 2013年にスロバキアのメディアからのインタビューに応じた際には、「100年前、この地域(=ドナウ川流域諸国)は一人の君主で結ばれていて、誰も数年でバラバラになるとは思っていなかった。だから、未来がどうなるかは分からない」と答えている。 なお、2019年現在、オーストリアのシュヴァルツ=ゲルベ・アリアンツやチェコのチェコ・コルナなど、中央ヨーロッパに立憲君主制を再導入しようとする王党派も少数ながら活動している。帝国崩壊からちょうど100年にあたる2018年11月11日、「ここ数年間のいくつかの世論調査によると、オーストリア国民のうち最大で20%が君主制への復帰に賛成するだろう」とEFEが報じた。帝位継承者たるべきカール当人が帝位を望んでいないことは、君主主義者たちのジレンマになっている。 自身が玉座に即くことを意味する帝政復古には消極的である一方で、貴族文化の保護には精力的である。2019年現在、オーストリアでは「フォン」の名乗りに至るまで、貴族称号が公的には一切認められていない。しかし父のオットーが「オットー・フォン・ハプスブルク」として知られていたので、同様に「カール・フォン・ハプスブルク」を称している。カールは、ドイツやスイスのようにオーストリアでも貴族姓が認められるべきだと考えている。2015年には、称号「オーストリア大公」の復活を望んだと伝えられる。カールは貴族階級を「歴史から明確に学習した巨大な利益集団」と表現し、世襲貴族と実力主義の共存を願うと語っている。
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