出生から女王になるまで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/10 20:59 UTC 版)
「セミラミス」の記事における「出生から女王になるまで」の解説
彼女の母デルケトーは、あるときアフロディーテの怒りを買ったため女神の若い信者に情愛を抱く呪いを掛けられる。若い信者と関係を持ったことを恥じたデルケトーはその信者を殺し、シリアで生んだ赤子を岩砂漠に放置してアシュケロン(都市)の近くの湖に身を投げたのだった(この後、デルケトーは人面魚の女神となりシリアで崇拝される)。 岩砂漠に捨てられた赤子は、多くの鳩が体を温めたり、ミルクやチーズを運んできたりしたため生きながらえることが出来た。ある日、人々はチーズがあまりに齧り取られていることを不審に思って、周囲を探したところ美しい赤子を発見した。彼女は王室の羊飼いのシンマスに引き渡され、シンマスには子がいなかったので彼女を娘のように世話して「セミラミス(シリア語で鳩の意)」という名を与えた。彼女が成長した頃、アッシリア王室の裁判所から来たシリア総督のオンネスの目に留まり、彼と結婚する。二人は首都ニヌス(ニネヴェ)で暮らし、ヒュアパテス(Hyapates)とヒュダスペス(Hydaspes)の二児が生まれた。オンネスはセミラミスの美貌と才能の虜となり、彼女の助言の通りに行動したので物事が全て上手くいった。 その頃、アッシリアの伝説的な王ニヌスは彼の名を冠した都市を作り終えたので、バクトリア国(現イラン北東部などを含む地域の古名)に再び侵攻した。バクトリアの首都のバクトラの包囲が長引くと、オンネスは妻が恋しくなり彼女を陣営に呼び寄せた。彼女は後々のことを考えて男女の判別が出来ないような形状で、熱を遮り肌の色を隠せるような服を作り、旅に出発した。この時考案した服は利便性に優れていたため、後のメディア王国やペルシア人の間でよく使用された。セミラミスがバクトリアに到着し包囲陣を眺めると、平地や簡単に攻められる拠点に攻撃が集中し、一方で高所にある堅固な砦には誰も攻撃していないのが見て取れた。そこで岩場を登ることに慣れた兵士を連れて渓谷を通り抜け、砦の一部を奪うと平地にいるアッシリア軍に合図を送った。すると守備兵たちは高所を抑えられた恐怖から砦から逃げ去っていった。彼女の活躍に驚いた王は名誉ある贈り物をした。その後、彼女の美しさに魅了された王は、オンネスに自分の娘ソサネス(Sosanê)を妻に与えるので、変わりにセミラミスを渡すように要求した。ニヌス王から同意せねば目玉を抉ると脅されたオンネスは、その恐怖と妻との愛で板挟みになり、狂気に陥って首を吊って自害してしまった。ニヌス王はバクトリアでの戦後処理を終えると、セミラミスとの間に息子のニニュアス(Ninyas)を得た後に死去し、セミラミスを女王として残した。彼女は王を宮殿の敷地内に葬り、そこに高さ9スタディオン(1.6km)、広さ10スタディオン(1.8km)の墳丘を築いた。
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