凱旋将軍とは? わかりやすく解説

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凱旋将軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 14:36 UTC 版)

凱旋式」の記事における「凱旋将軍」の解説

共和政ローマにおいては真に例外的な勝利に対して最高の栄誉与えられ、「凱旋将軍」(vir triumphalis)として半ば伝説的な人物みなされた。実際将軍は「その日の王」であり、半ば神聖なものとされた。彼は王政ローマ伝統的な王位象徴である金で刺繍した紫色トガ月桂樹の冠、赤いブーツ着用しローマ最高神ユピテル・カピトリヌスを表すために顔を赤く塗った。4頭立て戦車乗り同僚拍手を送る大衆見守る中、ローマ街中行進しカピトリヌスの丘ユピテル神殿へと向かった捕虜戦利品先に進みローマ軍兵士後に続いたカピトリヌス神殿に着くと、ユピテルのために2頭の雄牛を生贄とし、ユピテル像の足元に勝利の印を置き、その勝利を元老院ローマ市民およびローマ神々捧げた凱旋式実施日は、ローマ宗教的儀式祝祭とは無関係に決められたほとんどの場合実行可能最も早い幸先の良い日に実施されているようである伝統的にローマ全ての神殿凱旋式期間中開けられていた。式典は、ある意味ではローマ全ての神々分かち合うものであるが、特定の祝祭記念日重なることも避けられなかった。これらの幾つかは偶然かしれないが、意図して特定の日に行われた場合もあった。たとえば、3月1日軍神マールス誕生日であり、シルウァ・アルシアの戦い勝利して共和政ローマでの最初の凱旋式挙行したプブリウス・ウァレリウス・プブリコラ凱旋式の日(紀元前509年3月1日)でもあった。共和政ローマではこのほか6度凱旋式3月1日実施されており、さらには伝説的な初代の王ロームルス最初の凱旋式(即ちローマ史初の凱旋式)も3月1日行われたとされているグナエウス・ポンペイウスは、彼の三度目で最も輝かし凱旋式を、自身の誕生日実施するために数か月遅らせている。 宗教的側面別として凱旋式中心将軍自身であった式典は、一時的なものではあるが、将軍いかなるローマ人より高位昇華させた。この栄誉に与れるのは極めて限られたであったスキピオ・アフリカヌス紀元前259年3月11日凱旋式実施以来少なくとも帝政時代歴史家にとっては)、凱旋将軍はアレクサンダー大王、および全ての人類のために無私無欲奉仕をした半神半人英雄ヘーラクレース関連付けられた。彼の豪華な戦車には、ねたみや見物人悪意避けられるように、男根(ファスキヌス(英語版))飾られていた。時には公有奴隷随伴させることで、「将軍今日絶頂にあるが、明日そうであるかわからない」ということ思い起こさせることもあった(メメント・モリ)。

※この「凱旋将軍」の解説は、「凱旋式」の解説の一部です。
「凱旋将軍」を含む「凱旋式」の記事については、「凱旋式」の概要を参照ください。

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