すみよし‐かい〔‐クワイ〕【住吉会】
住吉会
住吉会(旧)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 15:26 UTC 版)
1962年(昭和37年)阿部重作が引退。磧上義光が住吉一家四代目を継承し港会会長に就いた。その後、磧上義光は、港会を「住吉会」と改称した。1963年(昭和38年)12月、住吉会は、松葉会、錦政会、日本国粋会、義人党、東声会、北星会と共に、児玉誉士夫の提唱する関東会に参加。1964年(昭和39年)3月、警察庁が住吉会を広域10大暴力団に指定。他に対象となったのは山口組、本多会、柳川組、錦政会、松葉会、日本国粋会、東声会、日本義人党、北星会であった。同年6月には、関東会定例総会において、住吉会会長・磧上義光が関東会の二代目理事長に就任。警察の第一次頂上作戦により磧上義光が逮捕されたことから、翌年の解散につながった。広域暴力団に指定された10団体のうち最初のトップの逮捕であった。 1965年(昭和40年)1月、関東会は解散し、同年5月に住吉会は解散した。
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