伝承「宮子姫髪長譚」とは? わかりやすく解説

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伝承「宮子姫髪長譚」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 10:10 UTC 版)

道成寺」の記事における「伝承「宮子姫髪長譚」」の解説

道成寺に伝わる伝承によれば藤原宮子は九海士の里(現在の和歌山県御坊市湯川町下富安)で生まれたとされており、道成寺および周辺地域には道成寺開創縁起として『宮子姫髪長譚』(宮子物語髪長姫伝説)が伝えられ町おこしにも利用されている。和歌山県御坊市道成寺および『道成寺絵とき本』にて現在紹介されている伝承大筋下記のとおりである。 応神天皇時代、9人の兵士日高の浦が下賜された。9人は漁を生業したため周辺地域は「九海士(くあま)の里」とよばれるようになった。 九海士の里に住む夫婦である早海女の渚は、子宝恵まれないことから氏神八幡宮お祈りしたところ、女の子授かった。そこで名前を八幡宮にちなんで「宮」と名づけた。ところが、成長しても宮には髪の毛生えてこなかったため両親悲嘆にくれていた。 ある年、九海士の里は不漁見舞われる。その原因海底から差す不思議なであった。宮の母である渚は、「娘に髪の毛生えないのは前世報い」と考え、里の人々救おう罪滅ぼしのために自ら海に飛び込んだ海中深く潜っていると、光輝くものがあった。それは黄金色小さな観音像であった。渚は持ち帰った観音像大切に祀った。光の消えた海は大漁続きとなったため里人たちは渚のことを尊敬したが、彼女は謙虚に祈り続けた。 ある夜、渚の夢に観音現れる夢の中で髪の生えない娘のことを訴えると、にわかに宮の髪が生えはじめた年頃になると髪も伸び、宮は「髪長姫」と呼ばれるようになったある日、宮が黒くて艶のある髪をすいていると、雀が飛んできてその髪を一本くわえ、飛び去った。その雀は、奈良の都勢力誇っていた藤原不比等屋敷の軒に巣をつくった。巣から垂れ下がる長く美し黒髪見つけた不比等は髪の主である宮を探しだし、養女迎え入れた不比等養女となった宮は「宮子」という名を授けられ、やがて文武天皇見初められ后となり、奈良東大寺建立した聖武天皇の母となった宮子奈良行って故郷の九海士の里が忘れられず、特に残してきた観音のことが気になっていた。その悩み文武天皇届き、「宮子に黒い長い髪授けてくれた観音様をお祀りする寺を造立せよ」と紀道成に勅命出した。その寺があの道成寺だという。 上記伝承出典により細かい部分異なる。例え御坊市によれば宮の髪の毛奈良届けたツバメであり、道成寺によればと渚は村長夫婦である。 この『宮子姫髪長譚』は、ベースとなったとされる絵巻道成寺宮子傳記上巻とも複数差異がある。例えば『道成寺宮子傳記』では、はじめに日高住んでいた9人は兄弟であり、宮はそのうち一人である(不妊に悩む夫婦登場しない)。宮には元から髪の毛生えており、自ら海中発見した黄金千手観音像を髻に包んで持ち帰っている。また藤原不比等のもとにつくられた雀の巣には、一丈ほどの髪の毛見られたとの記述がある。

※この「伝承「宮子姫髪長譚」」の解説は、「道成寺」の解説の一部です。
「伝承「宮子姫髪長譚」」を含む「道成寺」の記事については、「道成寺」の概要を参照ください。

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