上方の寄席とは? わかりやすく解説

上方の寄席(吉本による独占・チェーン化)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 08:44 UTC 版)

寄席」の記事における「上方の寄席(吉本による独占チェーン化)」の解説

戦前関西地方にあった落語主な寄席は以下である。 桂派定席寄席金沢亭大阪・ミナミ法善寺幾代亭(大阪船場淡路町林家亭(大阪岸和田大工町瓢亭大阪西区新町三友派定席寄席紅梅亭大阪・ミナミ法善寺此花館(大阪・平野区) 永楽館大阪北新地) 賑江亭(大阪堀江花月派(吉本興行部)第二文芸館(大阪北区天神橋芦辺館(大阪松島龍虎館(大阪福島松井座(大阪・梅田都座大阪天神橋筋大正入り吉本興業多く寄席を(紅梅亭や賑江亭等)買収し前に花月」を付けた大阪だけでも20あまりの寄席買収京都神戸名古屋横浜東京等にも寄席展開した上方大阪)では明治時代から昭和初期大阪市内、特にミナミ法善寺周辺には、北側三友派象徴であった紅梅亭」、南側桂派象徴であった南地金沢亭」(後に吉本興業(以下、吉本)が買収し南地花月」)が存在ししのぎを削った浪曲は、1907年明治40年桃中軒雲右衛門関西巡演までは「浮かれ節」と呼ばれ明治前半には浮かれ節専門寄席天満国光席、松島広沢館、千日前・愛進館など)が既に存在した。 他にもキタ北新地の「永楽館」(後に吉本傘下入り北新地花月倶楽部」)はじめ、上本町堀江松屋町新町松島大阪天満宮界隈などに十数軒の落語専門定席存在していた。その後吉本寄席でいっそう漫才主体番組構成をとったことや、桂春団治など落語家専属契約推し進め自社経営する寄席である「花月」のみの出演としたことなどから、上方落語寄席文化壊滅的打撃受けた

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