リージョナルジェットCRJ100/200の登場
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「ボンバルディア CRJ」の記事における「リージョナルジェットCRJ100/200の登場」の解説
ジェット機はターボプロップ機に比べて高速で飛行し短時間で目的地に到達できるが、燃料消費量が大きく機体価格も高くなるため、短距離路線においては経済性が悪くなる。この経済性の観点から、地域航空(コミューター航空・リージョナル航空)路線ではターボプロップ機の方が適しているという考えが主流だった。ところが1970年代から1980年代にかけて米国で規制緩和が進み、地域航空で使用される機材が大型化するとともに、地域航空が発展するにつれて路線網が拡大され、より長い路線への需要が高まった。これらの背景から、地域航空の需要特性に合わせつつ高速性能や静粛性も備えたジェット旅客機が望まれるようになった。 当時、ビジネスジェット機チャレンジャー600を製造していたカナダの航空機メーカーであるカナディア社は、同機の設計を流用して開発費を抑えることで低価格で経済的な小型ジェット旅客機を実用化できないか模索していた。この構想は具体化され、1987年にCRJファミリー最初のモデルであるCRJ100の基本設計が開始された。この時、カナディア社はボンバルディア社の傘下になっていたが、開発するモデルにはCRJ(Canadair Regional Jet; カナディア・リージョナル・ジェット)とカナディアの名前が残された。 CRJ100の胴体断面はチャレンジャーの設計が流用されたが、主翼は新規設計された。翌1988年に機体全体の基本仕様がまとめられ、1989年3月に製造計画が正式に進められることになった。さらに、1990年10月には航続距離を延ばした派生型のCRJ100LRが発表され、標準型と並行して開発されることになった。CRJ100の初飛行は1991年5月10日で、その後、約1年3か月にわたる試験を経て、1992年7月にカナダの型式証明を取得した。続いて、1993年1月にはアメリカの連邦航空局(以下、FAA)とドイツ連邦航空局(LBA)の型式証明も交付された。初就航はドイツのルフトハンザ・シティーラインにより1992年11月に行われた。 CRJ200は、CRJ100のエンジンをゼネラル・エレクトリック(以下、GE)のCF34-3B1に変更したもので、1995年に発表された。CRJ200の最初の引き渡しはオーストリアのチロリアン航空に対して1996年1月に行われた。生産227号機以降はCRJ200を標準型として生産されている。
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