マカーオーンとは? わかりやすく解説

マカーオーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/10 22:39 UTC 版)

負傷したメネラーオスを治療するマカーオーン。

マカーオーン古希: Μαχάων, Machāōn)は、ギリシア神話の人物である。長母音を省略してマカオンとも表記される。医神アスクレーピオスの子で、ポダレイリオスと兄弟[1]。アレクサノール、スピュロス、ポレモクラテース、ニーコマコス、ゴルガソスの父[2]

アスクレーピオスの子であるマカーオーンとポダレイリオスはともに名医であり、特にマカーオーンは外科、ポダレイリオスは内科に長けていた。彼らはヘレネーの求婚者の1人で[3]トロイア戦争ではポダレイリオスとともにトリッケー英語版イトメ英語版オイカリア英語版の軍勢30隻を率いて参加した[1]。マカーオーンはアスクレーピオスがケイローンから授かった薬を持っており[4]ギリシア軍の軍医的存在であった。

イーリアス』初日、マカーオーンはパンダロスの矢に傷つけられたメネラーオスをケイローンの薬で癒やし[5]、3日目には最大の激戦区だったスカマンドロス河英語版沿いでイードメネウスネストールとともに戦った。しかしパリスの矢を受け[6]、それを見たイードメネウスはネストールに「傷の手当てができる者は他の者より何倍も価値があるから」と言い、マカーオーンを戦場から運び出すよう頼んだ[7]。そこでマカーオーンはネストールの戦車に乗って戦場を脱出したが、それを見たアキレウスは心配してパトロクロスをネストールの陣に遣わした[8]。後にマカーオーンはニーレウスとともにテーレポスの子エウリュピュロスに討たれた[9]。あるいはアマゾーンの女王ペンテシレイアに討たれたともいわれる[10]。しかしマカーオーンは戦死せずに木馬作戦に加わったとも[11]ピロクテーテースを癒やしたのはポダレイリオスではなくマカーオーンであるともいわれる[12]

メッセーネーの伝承では、マカーオーンとポダレイリオスはメッセーネーの出身で、一部の人々が彼らを王とした。また彼らはメッセーネーの武将としてトロイア戦争に参加した。戦後、ネストールはマカーオーンの遺骨を持ち帰ったといわれ、かつてネストールが養育されたというゲレーニアにはマカーオーンの墓と聖域があった。聖域はロドスと呼ばれ、病気の癒やしが行われた。この聖域を最初に祭祀したのはヘーラクレイダイ出身のメッセーネー王グラウコスであったという[13]

小惑星(3063) Makhaonはマカーオーンにちなんで命名された[14]

脚注

  1. 1 2 『イーリアス』2巻729行-732行
  2. パウサニアス、2巻11・5、23・4、38・6、4巻30・3。
  3. アポロドーロス、3巻10・8。ヒュギーヌス、81。
  4. 『イーリアス』4巻218行-219行
  5. 『イーリアス』4巻208行-219行
  6. 『イーリアス』11巻505行-507行
  7. 『イーリアス』11巻511行-515行
  8. 『イーリアス』11巻596行-615行
  9. スミュルナのコイントス、6巻。
  10. アポロドーロス、摘要(E)5・1。
  11. ウェルギリウスアエネーイス』2巻263。ヒュギーヌス、108。
  12. 『小イーリアス』概要(プロクロス『文学便覧』)。
  13. パウサニアス、3巻26・9、26・10、4巻3・1、3・2、3・9。
  14. (3063) Makhaon = 1931 DT = 1964 YL = 1971 OE = 1971 QK1 = 1975 VT6 = 1983 PV”. MPC. 2021年9月10日閲覧。

参考文献





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「マカーオーン」の関連用語

マカーオーンのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



マカーオーンのページの著作権

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマカーオーン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS