ボスの逮捕とカルテルの分割
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 07:01 UTC 版)
「ホアキン・グスマン」の記事における「ボスの逮捕とカルテルの分割」の解説
一方で、DEA(アメリカ麻薬取締局)もメキシコマフィアの活動を探るべく、エージェントを秘密裏に麻薬組織に送り込むようになった。その中の一人であるキキ・カマレナ(英語版)はガジャルドを含むボスとも繋がりを持つようになり、やがてカマレナから情報提供を受けたメキシコ軍が1984年11月にグアダラハラ・カルテルが所有する1000ヘクタールもの広さをもつ大規模なマリファナ畑に奇襲をかけ、80億ドルもの損害を組織に与えた。 カマレナの裏切りに気付いたガジャルドは1985年2月に白昼堂々彼を拉致し、残忍な拷問にかけて殺害した。この事態にアメリカ政府は激怒し、メキシコ当局はカマレナ殺害犯を逮捕すべく大規模な捜査を行い、1989年にガジャルドは逮捕された。 ガジャルドは刑務所から使者を通して幹部をアカプルコに招集させ、グスマンを含む幹部達はカルテルを3つ(ティフアナ・カルテル、フアレス・カルテル、シナロア・カルテル)に分割することを決定した。 グスマンはガジャルド逮捕時には偽名を使用して活動していたようであり、麻薬の密輸を行いつつ薬物、武器、金銭を蓄えていた。またマリファナや芥子の農園を多数所持して地域の住民に栽培させていた。 1987年にアメリカ当局がグスマンの捜査を初めて行い、法廷で証言者が語ったところによるとグスマンがシナロア・カルテルの事実上のボスであり、1987年9月19日から1990年5月18日までの間に2トンのマリファナ及び4.7トンのコカインをアメリカに密輸し、約15億ドルの利益を上げていたという。 別の捜査資料によると3年間で31トンのコカインと大量のマリファナの密輸を行い、10万ドルの利益を上げていたという。 また摘発されるリスクを減少させるために空路は使用せずに陸路を使用して麻薬をアメリカへ輸送した。持ち込み手段は様々であり、密輸業者に少量の麻薬を持たせて運搬させたり、チリペッパーの缶や消火器に麻薬を隠して列車で運び込んだという。さらにアメリカ=メキシコ国境付近に精巧なトンネルを掘削して麻薬を運び込むという手口を編み出した。 代金の回収手段についてはスーツケースに現金を詰め込み、賄賂をつかまされた税関の職員が意図的に荷物をチェックせず通過させてメキシコへ運び込まれたという。
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