フロムボルク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/09 11:37 UTC 版)
「ヴァルミア=マズールィ県」の記事における「フロムボルク」の解説
フロムボルク(英語版)は、中世に古プロシア人の要塞都市として建設されたが、13世紀にチュートン騎士団に征服され、のち神聖ローマ帝国領。チュートン騎士団の支配を嫌い、1440年に自治領連合であるプロシア連合に加盟。以後ポーランド王の庇護を受け、1466年にはポーランド王領プロイセンの都市として発展、1569年にはポーランド王国に正式加盟。1772年のポーランド分割によりプロイセン王国領、のちドイツ帝国領となり、第二次世界大戦後はポーランドに復帰。16世紀、コペルニクスは司教座聖堂参事会員としてこの街に赴任し、1543年には地動説で有名な『天球の回転について』を出版。コペルニクスはこの街で没し、大聖堂内に葬られた。第二次世界大戦ではドイツ軍とソ連軍との戦闘により市街地の70%が破壊された。1966年から1973年にかけて、ポーランドのボーイスカウトが中心となって旧市街や教会群を再建し、コペルニクスの生誕500年を祝った。現在は有名な観光地となっており、春から秋にかけてのシーズンは観光客でにぎわう。2005年、大聖堂内でコペルニクスの墓所が発見され(それまでどこにあるかわからなくなっていた)、2008年にこの遺骨がコペルニクスのものと確認された。コペルニクスが埋葬されている大聖堂(Katedra)をはじめとした教会群やコペルニクス博物館(本館は司教の旧館)が見どころ。観光シーズンにはエルブロンク(上記「エルブロンク」参照)、クリュィニツァ・モルスカ(Krynica Morska)、カリーニングラードとの間でフェリーが運航されている。街の公式サイト(英語・ポーランド語・ドイツ語)あり。 フロムボルク 大聖堂 大聖堂とコペルニクス像 コペルニクスの墓碑 コペルニクスの塔 ラジェヨフスキの塔 司教の旧館(コペルニクス博物館本館) 旧城壁 司教の新館 聖ニクラウス教会と干潟 旧聖霊病院
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