バッキンガム公の反乱とは? わかりやすく解説

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バッキンガム公の反乱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 01:06 UTC 版)

薔薇戦争」の記事における「バッキンガム公の反乱」の解説

第三次内乱 ボズワース ストーク・フィールド ロンドン ヨーク ペンブルックシャー カレー ブレコン ダブリン エクセター コーンウォール ストーニー・ストラットフォード ラドロー : – 会戦ボズワースの戦い1485年8月22日ストーク・フィールドの戦い1487年6月16日ボズワースの戦い1485年ランカスター派 リッチモンド伯ヘンリー・テューダーヘンリー7世ペンブルック伯ジャスパー・テューダー オックスフォード伯ジョン・ド・ヴィアー ヨーク派 リチャード3世 ノーフォーク公ジョン・ハワード ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシー スタンリー卿トマスウィリアム・スタンリー(英語版) –戦死または処刑。—ランカスター派寝返り1471年ヘンリー6世とその王子エドワード・オブ・ウェストミンスター殺害されその他の者も命を落としたことで、ランカスター家王位継承者としてリッチモンド伯ヘンリー・テューダー存在浮上していた。ヘンリー・テューダーの父リッチモンド伯エドマンド・テューダーヘンリー6世異父弟であるが、王位継承権自体は母マーガレット・ボーフォートからのものであるマーガレットエドワード3世の四男ジョン・オブ・ゴーントの子ジョン・ボーフォートの孫である。ジョン・ボーフォート出生時には私生児であり、後に両親結婚して嫡出子となったが、ヘンリー4世の命によってジョン・ボーフォートの子孫の王位継承権排除させられていた。このためヘンリー・テューダー血統王位継承権には疑義があった。 ヘンリー・テューダー少年時代大部分包囲にあったハーレフ城亡命先ブルターニュ過ごしている。1471年以降エドワード4世リッチモンド伯ヘンリー・テューダーの王位継承権について軽視しており、幾度か身柄確保試みるだけだったヘンリー・テューダーの母マーガレット・ボーフォート2度再婚しており、最初バッキンガム公の甥、その次はエドワード4世治世での要人一人であるトマス・スタンリー再婚して息子対す支持固めていた。1483年マーガレット・ボーフォートエドワード4世長女であり、弟たち亡きあとはヨーク家相続人となったエリザベス・オブ・ヨークヘンリー・テューダーとの婚約成立させた。 リチャード3世対す反抗南部起こった1483年10月18日バッキンガム公ヘンリー・スタフォードリチャード3世の即位に貢献し、自らも遠縁ながら王位継承権有する)がランカスター系のリッチモンド伯ヘンリー・テューダー擁立標榜して挙兵した。ヘンリー・テューダーよりはエドワード5世王弟擁立すべしという意見もあったが、バッキンガム公両人は既に殺害されていると認識していた。 南部における彼の支持者一部蜂起したが、時期尚早蜂起であり、リチャード3世代官ノーフォーク公ジョン・ハワードによってバッキンガム公との合流阻止されてしまう。バッキンガム公自身中部ウェールズブレコン蜂起した。彼は南イングランド叛徒との合流を図るが暴風雨によってセヴァーン川渡河妨げられヘンリー・テューダーイングランド上陸した形勢不利とみて引き揚げている。バッキンガム公の兵は飢え苦しんで逃亡し、彼は裏切りにあって捕らえられ処刑された。 バッキンガム公の反乱の失敗リチャード3世対す陰謀終わりにはならなかった。身辺でも不幸が重なり1484年王妃アン11歳王太子エドワード相次いで亡くしていた。リチャード3世は兄の遺児エリザベス・オブ・ヨークとの再婚考えるが断念している。

※この「バッキンガム公の反乱」の解説は、「薔薇戦争」の解説の一部です。
「バッキンガム公の反乱」を含む「薔薇戦争」の記事については、「薔薇戦争」の概要を参照ください。

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