ドイツの名前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 01:25 UTC 版)
18世紀ドイツにおいては、洗礼の際にミドルネームが与えられることがあった(必ず与えられたわけではない)。もしミドルネームが与えられた場合には、その人はそのミドルネームで知られることになり、ファーストネームは余り用いられなかった。しばしば教会の記録などでもファーストネームが省略され、ミドルネームとラストネームだけが用いられた。また、ある一家の男の子達が全員ヨハネスというファーストネームを持つ、というようなこともあった。この場合でも、洗礼と共に各人に別々の名前が与えられ、その名前が用いられるようになるため、問題がなかったとされる。 また、女性のファミリーネームを記録する際には元の名前の最後にinを付す習慣があった(例えば「Hahn」が「Hahnin」と書かれる)。また、一家で最初に生まれた男の子には父方の祖父の名を、一家で最初に生まれた女の子には母方の祖母の名をつけることがしばしば見られた。「花の咲く土地」を意味すると思われる姓Floryに、他にもFlori、Florea、Florey、Flurry、Flury、Florie、など似た姓が数多くある。これはその姓を持っていた人々が文字を書くことができず、名前を発音することはできても綴ることができなかったため、筆記を行った人によって異なる綴りになったと考えられる。貴族はその領地名や爵位名や城名などと「~の」を意味する「von」をつけて姓のように用いた(例:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。 なお、現代ドイツでは選択的夫婦別姓が導入されており、婚姻時の夫婦の姓は、婚姻時に夫婦の姓を定める、あるいは定めない場合は別姓となる。日本の夫婦同姓のお手本になったとされるが、ドイツ国内においては、伝統的には家族名としての姓を用い、1957年までのドイツ民法の条文は、妻は夫の氏を称するとされていた。 1957年、妻が出生氏を二重氏として付加できるとする法改正が行われ、1976年の改正では婚氏選択制を導入し、婚氏として妻の氏を選択する可能性を認めたが、決定されない場合は夫の氏を婚氏とするとされた。 しかし、1991年3月5日の連邦憲法裁判所の決定が両性の平等違反としてこの条文を無効とし、人間の出生氏が個性又は同一性の現れとして尊重され保護されるべきことを明言した。その結果、1993年の民法改正で、夫婦の姓を定めない場合は別姓になるという形で選択的夫婦別姓となった。
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