巴鴨
トモエガモ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/24 14:52 UTC 版)
| トモエガモ | |||||||||||||||||||||||||||
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トモエガモ(オス) Sibirionetta formosa
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| 保全状況評価[1] | |||||||||||||||||||||||||||
| LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
ワシントン条約附属書II類
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| 分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Sibirionetta formosa Georgi, 1775 | |||||||||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||||||||
| トモエガモ | |||||||||||||||||||||||||||
| 英名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Baikal teal | |||||||||||||||||||||||||||
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黄緑:繁殖地
水色:中継地
青:越冬地
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トモエガモ(学名:Sibirionetta formosa)は、カモ科トモエガモ属に分類される鳥類。
形態
以下、清棲(1979)による[2]。
雄の冬羽は額から後頭にかけて黒色で、その両側に細い白い線がある。目の周りは渦を巻く巴模様になっている。目の下から喉にかけて黒い細い線があり、目の後ろからは緑色の線が幅広く後頭部に向かって伸びる。腮(あご)および喉は黒色、左右の目の下から伸びた黒筋が繋がりV字型になっている。背、腰、尾筒は褐色で、個々の羽根の端部は色が淡い。翕の両側のおよび肩羽の外側は灰色で、細い黒縞が密生する。肩羽内側は褐色で縦に白色、黒色、栗色になっている。胸は褐色で、上の方ほど色が濃く腹側は淡い。黒い斑点が散在する。腹は白色、下腹部は灰色っぽい。脇は灰色で三日月形の白い班がある。翼は全体的に褐色だが、次列風切は先端が白色、個々の羽根は中心の軸を境に外弁側が黒色で基部側に緑色の金属光沢がある。嘴色は黒色、虹彩は褐色、脚色は灰黄色、嘴峰(嘴の長さ)は40mm程度、翼長は雄で200-220mm、雌は200mm内外[2]。
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雄・冬羽。目の周りの巴模様が良く目立つ
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雄・冬羽の頭部。額から腮、喉、腹にかけて。
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一部の羽根が縦に白色、黒色、栗色になっている
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胸部。濃淡のある褐色で黒い斑点が散在する
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脇は灰色。白い三日月形の班がある。
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メス
オスは肩羽が伸長する[3][4]。オスの非繁殖羽(エクリプス)は全身の羽衣が褐色で、眼から頬にかけ不明瞭な黒い筋模様が入る[3][4]。また幼鳥やオスの非繁殖羽は喉の白色部が不明瞭[3]。メスは全身の羽衣が褐色で[5]、黒褐色の斑紋が入る[3]。また嘴基部に白い斑紋が入り[5][6]、喉が白い[3]。
生態
非繁殖地では湖沼、河川などに生息し[3][6][4]、海岸に飛来することもある[5]。繁殖地ではツンドラや森林地帯内にある湖沼や渓谷、湿原、水辺の草原などに生息する[5][7]。
主に群れで生活する。基本的に数羽から数十羽程度だが、多い時には500羽以上の群れを作ることもある。[8]
食性は植物食が強い雑食性とされる。穀物を使った嗜好試験の結果では小麦とヒエの反応が良かったという[9]。冬季の島根県での観察では林内でドングリを食べていた[10]。
シベリアなどの寒冷地で繁殖し、冬季に渡りを行う。日本で見られるものの大半はこの時に飛来するために、日本では一般に冬鳥として認識されている。
繁殖形態は卵生。窪地、茂みや流木の中などに巣を作り、6-9個の卵を産む[5][7]。抱卵期間は25日[6]。雛は孵化してから3-4週間で巣立つ[7]。
分布
東アジア地域。ロシア極東から中国東北部、朝鮮半島、日本列島にかけて分布する。
シベリア東部で繁殖し、冬季になると中華人民共和国東部、日本、朝鮮半島、台湾へ南下し越冬する[5][3][6][4][7]。
模式標本の産地(模式産地)はバイカル湖(ロシア)で、英名の由来になっている[7]
人間との関係
食用
肉は食用。後述のように古くは「アジガモ」などと呼ばれており、食味は良かったようである(美味で有名なコガモも別名アジガモと呼ぶ地域がある)。魚谷(1936)はコガモ、オナガガモ、マガモには劣るが、トモエガモもそこそこ旨い鴨の一つとして挙げている[11]。
常陸宮・吉井(1974)は昭和初期から半ばにかけての東京近郊の鴨場における捕獲カモ類を示しているが、トモエガモは全く取れない年もあれば200羽近く取れる年もあり差が大きい鴨のようである。多量の取れる年でもコガモが数千羽捕獲できるのに比べると少なく、主要な獲物とはなっていなかったようである[12]。
現在の「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(平成十四年法律第八十八号、通称:鳥獣保護法)の施行規則第十条に定める狩猟鳥獣の一覧にも入っておらず[13]、日本では狩猟鳥獣ではない。違反すると同法八十三条などにより罰則がある[14]。形態が狩猟鳥獣のコガモに若干似ており、誤射のリスクがしばしば指摘される種である。
種の保全状況
国際自然保護連合(IUCN)が定めるレッドリストでは2016年時点で低危険種(Least Concern, LC)と評価されており、個体数も増加傾向にあるとされている[1]。一方で日本の環境省が定める2020年改訂第4次レッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されている[15]。都道府県単位では47都道府県中42県で何らかの指定を受けており、特に長野県と熊本県では絶滅危惧ⅠB類の指定を受けている[16]。
開発による生息地の破壊、乱獲により生息数は激減している[7]。1993年の大韓民国にある2か所の保護区における生息数は5,0000-5,5000羽と推定されている[5]。
バードストライク
2020年代に入ると、環境の変化などで越冬地での生息数は急増しており、島根県宍道湖では2023年度に58,000羽、千葉県印旛沼では同年度に66,000羽の飛来がそれぞれ確認されている[17][18]。
2025年(令和7年)3月、国土交通省のバードストライクに関する検討委員会は、トモエガモを注意が必要な「問題鳥種」に指定した[19]。
象徴
アジガモが転じて鴨が多く越冬する滋賀県塩津あたりのことを指す枕詞「あじかま」が出来た。
名称
標準和名は「トモエガモ」とされ『日本鳥類目録』(1974)にはその名前で掲載されている[20]。この名の由来は冬羽の際の雄の眼の周りに現れる巴模様に因むとみられる。江戸時代の博物図鑑である『大和本草』と『水谷禽譜』では本種を「アシガモ」という名前で掲載し、特徴についていずれも「巴模様のあるカモ」だとしていた[21][22]。
『狩猟鳥類ノ方言』(1921)に掲載される本種の地方名は少ないが、古い名前である「アシガモ」系の「アジガモ」「アジサ」などの名前が北陸地方を中心に比較的多く見られる。埼玉県には「ツブテ」という名前で呼ぶ地方があると言い、狩猟対象であったことをうかがわせる。変わった名前として「デッチガモ」(大阪府)、「ヅン」(宮崎県)などがある[23]。
種小名formosaは「美しい」の意[24]。
脚注
- ^ a b BirdLife International. (2016). Sibirionetta formosa. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T22680317A92855272. doi:10.2305/IUCN.UK.2016-3.RLTS.T22680317A92855272.en
- ^ a b 清棲幸保 (1979)『日本鳥類大図鑑 Ⅱ(増補改訂版)』. 講談社, 東京. doi:10.11501/12602100(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ a b c d e f g 桐原政志 『日本の鳥550 水辺の鳥』、文一総合出版、2000年、119頁。
- ^ a b c d 真木広造、大西敏一 『日本の野鳥590』、平凡社、2000年、104頁。
- ^ a b c d e f g 小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』、講談社、2000年、74、182頁。
- ^ a b c d 黒田長久、森岡弘之監修 『世界の動物 分類と飼育 (ガンカモ目)』、財団法人東京動物園協会、1980年、52頁。
- ^ a b c d e f 『絶滅危惧動物百科4 カザリキヌバネドリ―クジラ(シロナガスクジラ)』 財団法人自然環境研究センター監訳、朝倉書店、2008年、38-39頁。
- ^ 『新版 日本の野鳥』 7巻、山と溪谷社〈山溪ハンディ図鑑〉、2014年1月5日、525頁。ISBN 978-4-635-07033-1。
- ^ 田尻(山本)浩伸, 竹田伸一, 上橋修, 森川博一, 大河原恭祐 (2005) トモエガモの採食行動と食物選好性実験. Bird Research 1, A33-A41. doi:10.11211/birdresearch.1.A33
- ^ 森茂晃, 星野由美子, 豊田暁, 田尻浩伸 (2023) 宍道湖に大量飛来したトモエガモ Anas formosaの飛行行動と採食地. 日本鳥学会誌 72(2), p.223-233. doi:10.3838/jjo.72.223
- ^ 魚谷常吉 (1936) 『野鳥料理』. 秋豊園出版部, 東京. doi:10.11501/1223139(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 常陸宮正仁, 吉井正 (1974) 鴨場におけるカモ類の捕獲数の変化. 山階鳥類研究所研究報告 7(4), p.351-361. doi:10.3312/jyio1952.7.4_351
- ^ 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則(平成十四年環境省令第二十八号) e-gov法令検索. 2025年8月15日閲覧
- ^ 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(平成十四年法律第八十八号) e-gov 法令検索. 2025年8月15日閲覧
- ^ 生物情報収集提供システム いきものログ > レッドリスト・レッドデータブック 環境省生物多様性センター 2025年8月31日閲覧
- ^ ホーム > 種名検索 日本のレッドデータ検索システム. 2025年8月15日閲覧.
- ^ 佐野翔一 (2024年1月20日). “出雲空港にカモの大群 バードストライク警戒 島根県調査 5万8千羽に急増”. 山陰中央新報. 2024年1月25日閲覧。
- ^ 小林正明 (2024年1月25日). “絶滅危惧トモエガモ、2千→17万羽 温暖化が原因?特に千葉で急増”. 朝日新聞. 2024年1月25日閲覧。
- ^ “航空機バードストライク “最も危険な鳥のひとつ”国内で急増”. NHK (2025年7月14日). 2025年7月17日閲覧。
- ^ 日本鳥学会 編 (1974) 『日本鳥類目録(改訂第五版)』. 日本鳥学会. 学習研究社, 東京. doi:10.11501/12638160(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 貝原篤信(1709)『大和本草 巻乃十五 巻乃十六』(国立国会図書館所蔵 請求記号:特1-2292イ)doi:10.11501/2557370(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 水谷豊文 (発行年不明)『水谷氏禽譜 二』. (写本。国立国会図書館所蔵 請求記号:寅-12) doi:10.11501/2553655(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 農商務省 編 (1921) 『狩猟鳥類ノ方言』. 日本鳥学会, 東京. doi:10.11501/961230(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 内田清一郎, 島崎三郎 (1987) 『鳥類学名辞典―世界の鳥の属名・種名の解説/和名・英名/分布―』. 東京大学出版会, 東京. ISBN 4-13-061071-6 doi:10.11501/12601700(国立国会図書館デジタルコレクション)
関連項目
- トモエガモ属
- 日本の野鳥一覧
- 鳥類レッドリスト (環境省)
外部リンク
- BIRD FAN > トモエガモ Sibirionetta formosa 日本野鳥の会 鳴き声などを掲載
- 山階鳥類研究所標本データベース 山階鳥類研究所所蔵の鳥類標本を検索できる
- 標本・資料統合データベース > 動物研究部 > 鳥類 国立科学博物館の標本データベース
固有名詞の分類
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