ディース、イディス、ノルンとの関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 07:03 UTC 版)
「ワルキューレ」の記事における「ディース、イディス、ノルンとの関係」の解説
古高ドイツ語による呪文の一つメルゼブルクの呪文には、イディス(古ザクセン語: idis、古高ドイツ語: itis、古英語: ides)と呼ばれる女性的存在を喚び出して軍隊を遅滞させようとする術がある。呪文は以下の通りである。 Eiris sazun idisisazun hera duoder.suma hapt heptidun,suma heri lezidun,suma clubodun umbi cuoniouuidi:insprinc haptbandun,inuar uigandun. かつて賢き女ども座せりここかしこに。ある者はいましめの鎖をととのえ、ある者は敵の軍兵をおさえ、ある者は鎖をむしりとれり。「いましめを脱し、敵を逃れよ!」 この呪文におけるイディスは、一般にヴァルキュリャを指していると考えられている。ジメックは、「ヴァルキュリャは北欧神話において敵軍を縛する力を持っており、イディスは明らかにこのたぐいのものである」と述べ、ヘルフィヨトル(「軍勢の縛め」)という名前との関連を指摘している。ヒルダ・R・デイヴィッドソンは、古英語の別の呪文(Wið færstice)との比較を行って、同様の役割を措定している。 ジメックによれば、西ゲルマン語群のIdisという語は、「既婚未婚問わず、威厳ある尊敬の対象となる女性、ラテン語でいうところのmatrona」を指し、議論の余地があるとはいえ北ゲルマン語群のディース(dís)との関係が十分に想定されうるという。また、紀元16年アルミニウスとゲルマニクスが戦ったイディシアヴィーソ(Idisiaviso、「イディスの平原」の意)という地名にも触れ、メルゼブルクの呪文におけるイディスの役割との関連を指摘している。 古ノルド語のdísは、古高ドイツ語のitisや古ザクセン語のidis、古英語のidesと同じく「女性」を表す一般名詞だが、女神の一類型を示すのにも使われたと考えられている。「エッダ資料に基づけば、ディースとはヴァルキュリャに似た死者の守護者であり、実際、『グズルーンの歌 その1』の第19スタンザではヴァルキュリャは「オージンのディース」と呼ばれてすらいる」。『アトリの歌』28スタンザでは、ディースははっきりと「死んだ女」と呼ばれている。ディースとは死んだ女性の魂であるという信仰は、アイスランドのランドディーシルの観念にも通じるものである。ジメックは、「力ある女性の役割は極めて多種多様であるから、ヴァルキュリャ、ノルンといったディースへの信仰も、多数の女神格に対する信仰が異なる形で現れたものと考えることができる」 と述べている。 ヤーコプ・グリムによれば、ノルンとヴァルキュリャが性質的に似ているとしても、この2つの概念には根本的な違いがあるという。ノルンもヴァルキュリャもディースに含まれるが、「しかし2つの役割は異なるし、普通別人である。運命を告げるノルンは、糸を繰りながら椅子に座っていたり田園を歩き回ったりするが、馬に乗ると書いてあるものはどこにもない。ヴァルキュリャは馬に乗って戦へ馳せ参じ、その趨勢を決め、死者を天へ連れ帰る。その様は英雄や神のごときである」と述べている。
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