ギガンテウスオオツノジカとは? わかりやすく解説

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ギガンテウスオオツノジカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/16 14:21 UTC 版)

ギガンテウスオオツノジカ
生息年代: 0.2–0.0077 Ma
Є
O
S
D
C
P
T
J
K
Pg
N
スミソニアン博物館所蔵の全身骨格
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
亜綱 : 獣亜綱 Theria
: 鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
亜目 : 反芻亜目 Ruminantia
: シカ科 Cervidae
亜科 : シカ亜科 Cervinae
: メガロケロス属 Megaloceros
: ギガンテウスオオツノジカ M. giganteus
学名
Megaloceros giganteus
Blumenbach,1799
和名
ギガンテウスオオツノシカ
アイリッシュエルク
英名
Irish Elk
ギガンテウスオオツノジカの分布

ギガンテウスオオツノジカMegaloceros giganteus)は、200万年前 - 7,700年前[1]新生代第三紀鮮新世後期 - 第四紀完新世)のユーラシア大陸北部に生息していた大型のシカ化石種であり、ケナガマンモスケブカサイステップバイソンなどと並んでユーラシア大陸の氷期を代表するメガファウナ英語版の一種として知られる[2][3]

分類

化石が多く産出してきたアイルランドに因んだ英名から「アイリッシュエルク(Irish Elk)」や「アイルランドオオツノジカ」とも呼ばれる[4][5]。巨大なの後枝を持つのが特徴で、学名は「巨大な枝角」を意味する。アイルランドでは「エルク」と呼ばれる現生のヘラジカも大型の角を持ち本種もヘラジカを思わせる英名を持つが、両者の分類学上の類縁は遠い[4][5]

メガロケロス属は分類的には(アメリカ合衆国での「エルク」である[5]アカシカに近いという説もあるが[6]、一方でダマジカ属姉妹群に該当するという説も存在する[7][8][9][10]

なお、日本語において同様に「オオツノジカ(巨角鹿)」と呼称されているものの、アジアで発掘されるヤベオオツノジカSinomegaceros yabei)、ハレボネオオツノシカ(Sinomegaceros pachyosteus)、オルドスオオツノシカ(Sinomegaceros ordosianus)、フラベラトゥスオオツノシカ(Sinomegaceros flabellatus[11]などはシノメガケロス属に属する別属・別種である[4][12]。一方で、ヤベオオツノジカと共に岩手県一関市花泉遺跡から報告されている鮮新世のキンリュウオオツノジカ(M. kinryuensis)は本種と同じくメガロケロス属に分類されている[13]

概要

ギガンテウスオオツノジカの生体復元想像図。
コニャック洞窟英語版洞窟壁画に描かれた本種の雌雄。

最大のものでは肩高約2.1メートル[15]、体長3.2メートル[16]、体重700キログラム以上に達した現生のヘラジカに匹敵する大型のシカであり[17]、その名の通り巨大な角を持つ。この角は性淘汰によって大型化したことが示唆されており、差し渡しは最大3.6メートル以上[15]、重量は40キログラムを超え、体の大きさこそ地球史上最大のシカであったジャイアントムース英語版(大型のヘラジカの仲間)よりも小柄だったが、角の大きさではギガンテウスオオツノジカが上回っていた[7]。角の役割は繁殖期にオス同士の闘争用の武器だけでなくメスへのアピールポイントになったと思われる[5]

この角を支えるために体の形態も頑健になり、頭蓋骨、頸椎、首筋から肩にかけての筋肉が非常に発達して筋肉の隆起(こぶ)を形成していた。角は(近縁であるダマジカと同様に)発情期において性的ディスプレイ及び闘争の手段として使われたと思われる。それによって傷を負い、動けなくなって餓死したと思われる個体の化石も発見されている。また、本種は角の大きさによって行動と分布に支障が出ていた可能性があり、角の発達に多くの栄養を必要としただけでなく、森林での行動が抑制されるため、主な生息環境は開けた森林地帯と草原[5]が混在する地域だったと思われる。また、フランスコニャック洞窟英語版などに遺された洞窟壁画の描写から黒いリング状の模様が首回りに、縞模様が首から腹部にかけて存在した可能性がある[7][18]。これらの模様以外に目立った体色の特徴はなく、毛並みは比較的に明るい色だったことが示唆されている。当時のマンモス・ステップ英語版は気候が寒冷でありながらも緯度の関係から日差しが強く、草原を素早く駆ける動物にとっては濃い毛色は日差しと運動による体温の過剰な上昇を招くために不利な要素となり得たと思われる[5]

ヨーロッパから中央アジアの北部を中心に分布し、氷河周辺の草地や疎林、マンモス・ステップなどで暮らして草や葉を中心的な餌としていたと思われる[7]。一方で後期更新世アイルランド以外からの化石の出土は決して多くなく、アイルランドの泥炭地帯から多数の化石と保存状態のよい標本の大部分が発見されている。これは当時のアイルランドの(氷河融解による多数の湖沼の形成という)環境条件が影響していると思われる。化石は各地の洞窟からも発見されており、ホラアナハイエナのような捕食動物によって洞窟に運ばれた痕跡とも考えられている[2][7]。巨大な角の生育には大量のカルシウムを必要とするため、たとえばヤナギのような餌を好んでいたことが推測される。アイルランドから発掘されてきた約1万年前の標本も独り立ちした以降のオスの成獣が多く、湖などの水辺の周辺での発見が顕著だったことも水辺に生えるヤナギを優先的に摂取いていた可能性の証拠であると指摘される場合もある[5]

人間との関わり

ギガンテウスオオツノジカの骨格標本(国立科学博物館)。
ラスコー洞窟に存在するギガンテウスオオツノジカを描いた洞窟壁画

フランスラスコー洞窟などの旧石器時代洞窟壁画に本種の姿が描かれており[4]、おそらく人類の狩猟の対象になったと思われる[7]

本種が完新世まで生息していた可能性はマン島からの化石などによって示唆されていたが[15]2004年シベリアの地層から発掘されたギガンテウスオオツノジカの化石が約7,700年前の中期完新世のものと特定され、それまでの仮定であった絶滅の時期が数千年単位で更新され[1]後期更新世や完新世初頭に多くが絶滅した大部分のマンモス動物群とは異なり、本種はステップバイソンと共に中期完新世まで生存したメガファウナ英語版の一角であった[16][19]

一方で、定向進化説の観点から、その巨大な角が多くの栄養を必要とするため[7]、後期更新世から完新世にかけての最終氷期によって気候と植生が変動したことによって森林が減少したり、対照的に完新世に入って温暖化を迎えた上での再度の植生の変化が絶滅の要因になったとする意見も存在するが[7][18][5]、上記の通り本種の最終的な絶滅は中期完新世であり[1]、「第四紀の大量絶滅」においてはそれまでの複数の気候変動を乗り越えてきたメガファウナなどが多く絶滅しているため(本種の場合も計4度の間氷期を生き延びてきた)、気候変動が本種の減少や地域絶滅を引き起こしたものの、大量絶滅の最終的な要因としての人類の影響は大きかったと思われる[2][7][20]

ウラル山脈西シベリアなどに生息していた最後の個体群も[5]、ウラル山脈の麓に分布していた頃は比較的に人類からの狩猟圧から守られていたが、気候変動による植生の変化によってこれらの個体が平野部に移動したことで分布を拡散させてきた人類との接触の機会が増加し、これまでに幾度もの気候変動を経て生存してきた本種も、個体数の全体的な減少と環境の変化の中での人為的な圧力には耐えられなかったことが示唆されている[2][7][20]

なお、『ニーベルンゲンの歌』に見られる「Shelch」という動物とギガンテウスオオツノジカを関連付ける者もおり、紀元前700年から紀元前500年ごろまで少数がスティリア地方黒海付近に生息していたとする説もある[21]

関連画像

脚注

  1. ^ a b c Stuart, A.J.; Kosintsev, P.A.; Higham, T.F.G. & Lister, A.M. (2004). Pleistocene to Holocene extinction dynamics in giant deer and woolly mammoth. Nature 431(7009): 684-689. PMID 15470427 doi:10.1038/nature02890 PDF fulltext Supplementary information. Erratum in Nature 434(7031): 413, doi:10.1038/nature03413
  2. ^ a b c d Adrian M. Lister、Anthony J. Stuart (2019-01-18). “The extinction of the giant deer Megaloceros giganteus (Blumenbach): New radiocarbon evidence”. Quaternary International英語版 500: 185–203. doi:10.1016/j.quaint.2019.03.025. 
  3. ^ 恐竜博物館画像ライブラリー:ギガンテウスオオツノジカ”. 福井県立恐竜博物館. 2025年6月11日閲覧。
  4. ^ a b c d 土屋健「3 最後の巨獣たち」『古第三紀・新第三紀・第四紀の生物 下巻』群馬県立自然史博物館(監修)、技術評論社、2016年7月23日、122-123頁。 ISBN 978-4774182520 
  5. ^ a b c d e f g h i 北村雄一『謎の絶滅動物たち』佐藤靖、慶昌堂印刷、歩プロセス、小泉製本、大和書房、2014年5月25日、30-33頁。 ISBN 978-4479392583 
  6. ^ Kuehn, Ralph; Ludt, Christian J.; Schroeder, Wolfgang; Rottmann, Oswald (2005). “Molecular Phylogeny of Megaloceros giganteus — the Giant Deer or Just a Giant Red Deer?”. Zoological Science英語版 22 (9): 1031–1044. doi:10.2108/zsj.22.1031. PMID 16219984. 
  7. ^ a b c d e f g h i j Beth Askham、Lisa Hendry. “The Irish elk: when and why did this giant deer go extinct and what did it look like?”. ロンドン自然史博物館. 2025年6月10日閲覧。
  8. ^ Hughes, Sandrine; Hayden, Thomas J.; Douady, Christophe J.; Tougard, Christelle; Germonpré, Mietje; Stuart, Anthony; Lbova, Lyudmila; Carden, Ruth F. et al. (2006). “Molecular phylogeny of the extinct giant deer, Megaloceros giganteus”. Molecular Phylogenetics and Evolution英語版 40 (1): 285–291. doi:10.1016/j.ympev.2006.02.004. PMID 16556506. 
  9. ^ Lister, Adrian M.; Edwards, Ceiridwen J.; Nock, D. A. W.; Bunce, Michael; van Pijlen, Iris A.; Bradley, Daniel G.; Thomas, Mark G.; Barnes, Ian (2005). “The phylogenetic position of the giant deer Megaloceros giganteus”. ネイチャー 438 (7069): 850–853. Bibcode2005Natur.438..850L. doi:10.1038/nature04134. PMID 16148942. 
  10. ^ Immel, Alexander; Drucker, Dorothée G.; Bonazzi, Marion; Jahnke, Tina K.; Münzel, Susanne C.; Schuenemann, Verena J.; Herbig, Alexander; Kind, Claus-Joachim et al. (2015). “Mitochondrial Genomes of Giant Deers Suggest their Late Survival in Central Europe”. Scientific Reports 5 (10853): 10853. Bibcode2015NatSR...510853I. doi:10.1038/srep10853. PMC 4459102. PMID 26052672. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4459102/. 
  11. ^ フラベラトゥスオオツノシカ”. 群馬県立自然史博物館・収蔵資料データベース. 2025年7月8日閲覧。
  12. ^ 長谷川善和オオツノジカ発見・発掘から200年」(pdf)『群馬県立自然史博物館だより - Demeter』第1号、群馬県立自然史博物館、1997年、1-3頁。 
  13. ^ 米田寛「花泉(金森)遺跡出土動物骨化石中の人類遺物とされた資料」(pdf)『岩手県立博物館研究報告』第42号、岩手県立博物館、2025年3月、1-10頁、 ISSN 0288-63082025年6月13日閲覧 
  14. ^ 奥村潔、石田克、樽野博幸、河村善也「岐阜県熊石洞産の後期更新世のヤベオオツノジカとヘラジカの化石(その1)角・頭骨・下顎骨・歯」(pdf)『大阪市立自然史博物館研究報告』第70巻、大阪市立自然史博物館、2016年3月31日、1-82頁。 
  15. ^ a b c Gonzalez, Silvia; Kitchener, Andrew C.; Lister, Adrian (2000-07). “Survival of the Irish Elk into the Holocene”. ネイチャー 405 (6788): 753-754. doi:10.1038/35015668. 
  16. ^ a b Roman Uchytel、Alexandra Uchytel. “Megaloceros giganteus (Irish elk)”. Uchytel Prehistoric Fauna Studio. 2025年6月10日閲覧。
  17. ^ Irish Elk”. アメリカ自然史博物館. 2025年6月10日閲覧。
  18. ^ a b 丸山貴史 (2018年8月11日). “「○○に栄養をとられて絶滅しちゃいました」オオツノジカがせつない絶滅原因を語る”. ダイヤモンド・オンライン. 2025年6月9日閲覧。
  19. ^ Emilia Hofman-Kamińska、Gildas Merceron、Hervé Bocherens、Gennady G. Boeskorov、Oleksandra O. Krotova、Albert V. Protopopov、Andrei V. Shpansky、Rafał Kowalczyk (2024-08-14). Petr Keil. ed. “Was the steppe bison a grazing beast in Pleistocene landscapes?”. Royal Society Open Science英語版 (王立協会) 11 (8). doi:10.1098/rsos.240317. 
  20. ^ a b ナウマンゾウとオオツノジカ」(pdf)『うもれ木(魚津埋没林博物館広報誌)』第41巻、魚津印刷株式会社、2014年7月7日、2025年6月9日閲覧 
  21. ^ ビヨルン・クルテン英語版Pleistocene Mammals of Europeラウトレッジ、2017年7月5日、165頁。ASIN B073RQCXQZ 

参考文献

外部リンク




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