エリア1 萩
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「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の記事における「エリア1 萩」の解説
地図 萩市中心部 No. 名称 所在地 概要 1-1 萩反射炉Hagi Proto-industrial Heritage/ Hagi Reverbatory Furnace (ID1484-001) 山口県萩市 日本に現存する2基の反射炉の1つで、10.5mの煙突部分の遺構。国の史跡に指定。欧米列強に対抗するため、長州藩では海防強化のための鉄製大砲製造が求められ、オランダの技術書を基に先んじて反射炉の操業を始めていた佐賀藩から技術を導入して建造された。1856年に操業を始めたが、規模が小さいことなどから実用炉ではなく実験炉だったと見られている。登録面積は0.38 ha(緩衝地域119.72 ha)である。 1-2 恵美須ヶ鼻造船所跡 Hagi Proto-industrial Heritage/ Ebisugahana Shipyard (ID1484-002) 恵美須ヶ鼻造船所跡 恵美須ヶ鼻造船所で建造された丙辰丸 前期にロシア式、後期にオランダ式の技術を用いて大型の洋式軍艦を製造した造船所跡。国の史跡に指定。いわゆる黒船来航による危機感から、江戸幕府は1853年に大船建造の禁を解除する。長州藩では、幕府の要請と藩士木戸孝允の意見書を受けて、幕府がロシア式(君沢形)造船を行った伊豆戸田に尾崎小右衛門ら技術者を派遣、帰国した尾崎らは造船所建設を行う。造船所は1856年に完成し、丙辰丸を建造(1857年進水)した。藩は1857年に造船所を一旦閉鎖するが、翌1858年に山田亦介の主導で再び整備を行う。さらに、長崎海軍伝習所に技術者を派遣してオランダ式(バーク型)造船を学ばせ、庚申丸を建造(1860年進水)した。登録面積は0.79 ha である。 1-3 大板山たたら製鉄遺跡 Hagi Proto-industrial Heritage/ Ohitayama Tatara Iron Works (ID1484-003) 在来のたたら製鉄の技術を用いて江戸時代中期から後期に操業し、洋式軍艦の製造に欠かせない鉄の供給を行った。国の史跡に指定。恵美須ヶ鼻造船所で1856年に建造された丙辰丸に、鉄製の船釘を供給した。炉、天秤ふいごなどの遺構が発掘されている。登録面積は0.63 ha(緩衝地域234.56 ha)である。 1-4 萩城下町 Hagi Proto-industrial Heritage/ Hagi Castle Town (ID1484-004) 幕末から明治維新にかけて日本の近代国家形成を主導した西南雄藩のひとつ、長州藩の中心拠点。1604年に毛利氏の戸城として指月山に萩城が建造され、麓に城下町が形成された。武家屋敷や商家が連なる「萩城城下町」は国の史跡に指定、重臣の屋敷が並ぶ「堀内地区」は国の重要伝統的建造物群保存地区として選定。登録面積は96.9 ha(緩衝地域712.31 ha)である。 1-5 松下村塾 Hagi Proto-industrial Heritage/ Shokasonjuku Academy (ID1484-005) 長州藩校明倫館の師範を務めた藩士吉田松陰が講義した私塾。国の史跡に指定。3年弱の間に指導した塾生の中から、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋など、幕末から明治維新にかけての日本の近代化・産業化に貢献する人材を輩出した。室内に立ち入っての見学は不可。なお、Google ストリートビューでは室内の様子が見学可能。登録面積は0.13 ha(緩衝地域1.73 ha)である。
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