イエスの御名の礼拝_(ロンドン)とは? わかりやすく解説

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イエスの御名の礼拝 (ロンドン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/24 05:52 UTC 版)

『イエスの御名の礼拝』
スペイン語: Adoración del nombre de Jesús
英語: Adoration of the Holy Name of Jesus
作者 エル・グレコ
製作年 1579年ごろ
種類 キャンバス上に油彩
寸法 55.1 cm × 29 cm (21.7 in × 11 in)
所蔵 ナショナル・ギャラリー (ロンドン)

イエスの御名の礼拝』(イエスのみなのれいはい、西: Adoración del nombre de Jesús: Adoration of the Holy Name of Jesus)、または『フェリペ2世の栄光』、(フェリペにせいのえいこう、西: La gloria de Felipe II: The Glory of Philip II)、または『神聖同盟の寓意』(しんせいどうめいのぐうい、西: La Alegoría de la Liga Santa: Allegory of the Holy League)は、ギリシャクレタ島出身であるマニエリスム期のスペインの巨匠エル・グレコが、スペイン到着後まもない第一次トレド時代の1579年ごろ、制作した絵画である。ハロルド・ウェゼイ英語版のエル・グレコのカタログ・レゾネ (作品総目録) では116番目の作品として記載されている。1955年に購入されて以来、ナショナル・ギャラリー (ロンドン) に所蔵されている[1]

作品

この絵画は、いわゆる神聖同盟、すなわち、ヴェネツィア共和国、スペイン、ピウス5世治下のローマ教皇領からなる同盟が1571年のレパントの海戦オスマン・トルコに勝利したことを祝うために制作された[1]。神聖同盟は、1571年4月12日にフェリペ2世が閣僚に語っているように「イエスの御名を守るために」設立された。実際、画面上部の空中にある「IHS」はギリシャ語の「イエス」を示す「IHSOUS」を略したもので、天の光で輝いているようである。イエスの御名は非キリスト教徒たちに対して力があるものと考えられ、その崇拝は聖パウロにより推進された[1]

画面は上部にあるIHSと記された大きなキリストグラム英語版を中心とし、それをヴェネツィア共和国ドージェ (総督) アルヴィーゼ・ジョヴァンニ・モチェニーゴ英語版、黒い衣服のフェリペ2世、ピウス5世、ドン・フアン・デ・アウストリア (顔を上げ、自身の右側に腕を伸ばしている騎士)[1]、レパントの海戦における教皇軍司令官マルコ・アントニオ・コロンナ英語版枢機卿 (おそらくカルロ・ボッロメーオ) が見ている[2]

エル・グレコ『イエスの御名の礼拝』(1577-1579年ごろ)、エル・エスコリアル修道院 (マドリード近郊)

画面下部右側には怪物の口が開いており、暗い洞窟への入り口のように見える。この怪物は『旧約聖書』に登場する神話上の海の怪物レヴィアタンであり、その歯は鍾乳石のように生えている。レヴィアタンは地獄に堕とされた魂を飲み込むが、その口の中の人物像は暗い影のような存在で、その中には骸骨も見える[1]。画面中央右寄りには、アーチにつながる橋がある。魂がこの橋を通って煉獄に赴き、そこで魂は罪を浄化され、天国に上げられるのを待つ。地獄、煉獄、天国の幻視を描くことで、エル・グレコはこの場面を人間の審判と救済の約束を示す叙事詩的な幻視に変貌させている[1]

本作は壁に掛けるよりは携行できるように意図されており、キャンバスの裏側は木目を模して描かれている。おそらく個人祈祷用に用いられたのであろう[1]。しかし、本作が同主題の『イエスの御名の礼拝』 (エル・エスコリアル修道院) のために準備習作として制作されたのか、単独の作品としてエル・グレコの友人であったトレド大聖堂の主任司祭ディエゴ・デ・カスティーリャ英語版のために制作されたのかは不明である[1]

絵画は、1687年のガスパール・デ・アロ・イ・フェルナンデス・デ・コルドバ英語版のコレクション目録に登場する。次いで翌年のアルバ侯爵夫人英語版の所有に帰す。1838年には再浮上し、ルーヴル美術館のスペイン・ギャラリーに掛けられたが、ルイ・フィリップ (フランス王) が1853年にロンドンウィリアム・スターリング・マクスウェル英語版に売却した[3]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h The Adoration of the Name of Jesus”. ナショナル・ギャラリーロンドン公式サイト (英語). 2025年8月24日閲覧。
  2. ^ Wethey, Harold Edwin; El Greco y su Escuela (Volumen-II) ; Ediciones Guadarrama; Madrid-1967, page 89
  3. ^ Ibid, page 90

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