アメリカ先住民は人間か
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 15:08 UTC 版)
普遍史こそ真理と考えていた中世ヨーロッパ人にとって、この新大陸とそこに生きる人類は、彼らの世界観を根底から揺るがした。現実の存在を無視することは叶わず、地理学者のゲラルドゥス・メルカトルも「新インド(アメリカ)とアジアは異なる大陸」という言葉を沿え、1569年に初のメルカトル図法による世界地図を作成した。 では、このアメリカ大陸とそこに住む人類(アメリカ先住民、インディオ、インディアン)は何者なのか。アウグスティヌスは人間を「理性的で死すべき動物」と定義しているが、ここで言う理性とはキリスト教を受容するだけの資質を持つか否かであった。1537年には教皇パウルス3世から「インディアンは人間であり、カトリックを理解でき、それを熱望している」という教書が宣言されたが、多くの議論が行われた。 1550年には、スペインのバリャドリッドでアメリカ先住民が人間的諸権利を持つか否かについて公開論争(バリャドリッド論戦)が行われた。『インディアス史』を著し、先住民の保護法制定に熱心だったバルトロメ・デ・ラス・カサスは権利肯定の立場で論戦に加わった。一方で否定派に立ったのはアリストテレス学の権威ファン・ヒネス・デ・セプルベダだった。ここでセプルベダの理論に注目すると、彼はアリストテレスの『政治学』にある「先天的奴隷説」を根拠に先住民を「理性を持たない野蛮人」と言及し、エンコミエンダ制の擁護を主張した。そこには現地人を労働力として奴隷化したいという政治的な意図もあったが、遠隔な地には異形の妖怪的人間が住みという「化物世界誌」に代表される普遍史的世界観も影響したと考えられる。 この問題は16世紀末まで引きずられたが、1580年にミシェル・ド・モンテーニュが著した『エセー』(『随想録』)の中にひとつの回答を見ることができる。彼は「新大陸の国民に野蛮なものは何も無く、完全な宗教と政治、そして十全な習慣がある」と述べている。当時のヨーロッパが、アメリカ大陸の先住民を人間と認めた事を意味するこの見解は、同時にヨーロッパ中心であった普遍史の世界観を転換し、地球規模で見ると自らが認識していた世界が単なる相対的な一地域であるという現実に突き当たったことを示している。
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