アメリカ先住民の起源は
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 15:08 UTC 版)
普遍史によれば、すべての人類の起源は大洪水を経てノアと3人の息子に遡ることが出来るはずである。では、アメリカ先住民が人間だとすれば、彼らの起源はこの3人の誰なのかという疑問が人間的権利論と同様に沸き起こった。この問題が最も古く文献に残された例は、1535年にスペインの歴史家ゴンサーロ・フェルナンデス・デ・オビエードが著した『新大陸自然一般史』に見られ、彼は二つの説を並立して述べている。一つは紀元前1658年頃に古イスパニア人が大西洋の西に発見した島に当時の王名からエスペリデス諸島と名づけた故事を由来とする「古イスパニア人説」、もう一つはカルタゴ人がアトランティスの西に発見した島に移住したという「カルタゴ人説」である。オビエードは、この二つの民族が段階的に移住した先がアメリカ大陸だと考えた。 バリャドリッド論戦以降、先住民起源について様々な説が盛んに提示された。ひとつのグループはオビエード同様伝説・伝承に基づくもので、ラス・カサスの「東インド起源説」、プラトンの説を由来とする「アトランティス生き残り説」、ホメーロスの詩にあるギリシア神話の英雄オデュッセウス漂流時の子孫とする「ギリシア人起源説」などがあった。 聖書記述から起源を説明しようという試みもあった。「イスラエル起源説」は、シャルマナサルによってイスラエル王国が滅亡した際に連行された10の部族(「列王記」下17-6)の末裔というもので、聖書の正典から除外されている「エズラ第二書」で彼らは信仰と律法を守るために東へ旅立ち1年半後に「アザレス」という地に至ったとある(第13章)。このアザレスが新大陸と考え、同書にある終末にこのアザレスの人々が再び現れ最後の審判を受けるという下りから、アメリカ先住民の発見は終末が近いと考える人もいた。「オフィル起源説」は、ハムの子孫ヨクタンとその孫オフィル(「創世記」10-29)が、それぞれユカタン半島とペルーの原住民だという説で、その根拠は発音が似ているというものであった。 これらヨーロッパの伝説や聖書にアメリカ先住民の起源を求めようとする解釈は、彼らを既知の民族と強引にでも結び付け、聖書の「民族表」に源流を見出そうとした考えに発していた。その本質は、新大陸の住民を普遍史の中になんとか組み込もうという試みでもあった。
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